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80s岩手県のバス“その頃”掲示板

古いバスのこと、昔のバスの想い出、岩手県のこと、新幹線の看板などの掲示板です
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165系の末期状況について

#1759名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-08-14 16:53:08返信報告:報告

 御存知の方いらっしゃいましたら御教示下さい。
 先日、165系の事を書き込んで思い出しました。165系は2003年ぐらいにラストランになり、当時は新大阪発紀伊田辺行の普通電車に使われていました。
私もラストランが新聞に載った辺りに乗りに行きましたが、これ以前にも、仕事でこれとすれ違って目撃した事も時々有り、よく見てはいました。どちら
の時もそうでしたが、ブレーキのエアー制御系が153系に使われていた物を使い回し流用されていたようでした。ブレーキの空気抜けの音が、101系,153系
世代と綺麗に一緒だったので判りました。現役時代、165系は一段階にツーっと抜けていましたが、101系や153系等はスースィーっと二段階に抜けている
状態であったのは記憶によく残っています。ラストランの時は、ブレーキはこの状態で当然だったにしましても、マスコンハンドルも、本来茎が大きい
ごっつい形状だったのが、安っぽい(と言っていいかどうか?)形状の物に変わっていて、トイレも使用禁止でした。整備も冷遇だったのでしょうか。そんな
のを見てしまうと、ズタズタ状態で運転されてしまっていたのかと思ってしまうとこです。真実を御存知の方いらっしゃいませんでしょうか。

バスではなくトラックですが…

#1758名前:久遠時刻:2018-08-13 10:50:42返信報告:報告

346沿い南郷の解体屋tc30か6twdcと思われる大型キャブオーバーが解体中です既にフロントとルーフはつぶされました数日中に完全消滅の模様です。貴重な車両が消えていく…

更新後記(2018.7.8)

#1741名前:管理人時刻:2018-07-08 18:32:17返信報告:報告

関東地方では6月に梅雨明けが報道されたと思えば、西日本では大水害など、過激な気象が続いています。
しかし、今週はまた猛暑が続きそうです。
そんな中で、例年の期間限定納涼企画で、昨年に引き続き、旧型国電を振り返ります。
もともと、納涼企画の趣旨は、忙しいし暑いし、やる気の起きない夏に、手持ち画像でお茶を濁そうということだったのですが、逆に量も多くて手がかかるようになってしまいました。
それでも、雪の中の画像でも眺めて頂いて、少しでも涼しくなってもらえればと思います。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1747名前:左党89号時刻:2018-07-26 21:53:13返信報告:報告

尾籠な話ですが・・・
今回の更新での身延線でのコンテンツの前文で懐かしい記憶が甦りました(笑)
子供の頃、友人数名と2チームに分かれて命令に従ってすすむ「探検ごっこ」をしていたとき、命令の中で「東北線の線路を進んで・・・」というのがあり、それに従って線路を歩いていたら前方遠くに583系の「はつかり12号」が!
慌てて線路際に出て築堤から数m下がったところまで降りて通過まを待ちましたが、通過時に若干水分を浴びたようにも・・・
今となっては危険なことをしていたなと反省する次第です。

馬糞の話で思い出したのが母親が言っていた「佐藤・高橋・馬の糞」でした。それだけ多かったことでしょうね。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1748名前:管理人時刻:2018-07-28 00:08:28返信報告:報告

「佐藤・高橋・馬の糞」ですか。馬の糞と一緒にされてはたまりませんね。
線路の近くで遊ぶのは、どこの子供でもやることですが、飛んでくる水の意味までは分からない場合が多いです。
私の友達も「冷たくて気持ちいい」くらいのことを言っていましたので、知らぬが仏と言う奴だと思います。
大体、ああいう物が上から降ってくるというのは、普通は考えませんよね。
ガード下とか、陸橋をくぐるとか、そういうときに上を長距離列車が通り過ぎることは、頻繁にあったと思いますが、当時の人はどう考えていたんでしょう。
そういう場所に、信号とかで長時間停車した場合のことを考えると、ぞっとします。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1749名前:ポンコツ屋 赤木時刻:2018-07-30 10:23:47返信報告:報告

脱線話に便乗します。

横浜の平沼橋近く、住宅展示場が国鉄や相鉄の線路沿いにあって、幼稚園児の頃、よく祖父と祖母に連れられて電車を眺めに行きました。

東海道線が連結部あたりから飛沫を上げているのを興味津々で見ていると、祖父が「ウンコとションベンだ!」と。
なにしろ子供はその言葉が好きですから電車の便所が気になりだし、以後、東海道線や横須賀線に乗ると必ず便所に入って、穴の奥を眺めていました。

新幹線の便所がタンク式と知った時はショックでしたが、金属光沢も艶やかなステンレス便器には在来線と格の違いを感じたものです。意味もなくボタンを連打し、無駄に青い水を流しました。ごめんなさい。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1750名前:管理人時刻:2018-08-01 22:10:32返信報告:報告

垂れ流しの時代は、また車両に冷房のない時代だったので、夏は窓を全開にしていたわけで、跳ね返りが車内に戻ってくることもあったようで。
そんなこともあってのことでしょうか、当時の大人の中には、「走行中に使ってはいけない。停車中に使うんだ」と思い込んでいる人もいたようです。
多分、「黄害」が社会問題となっていたため、飛散を防止することだけが問題だと誤認識していたんでしょうね。
黄害は新聞でも取り上げられたし、住宅の密集する都市部ではトイレ使用を控えるような放送もあったように思います。

あ、ポンコツ屋赤木さんが連打して流した青い水は、循環水なので、いくら流しても大丈夫です。トイレを使うたびに水源が供給される方式ですから・・・。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1751名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-08-02 01:11:17返信報告:報告

[1750]管理人様:
> 垂れ流しの時代

 便乗させていただくのは恐縮ですが、私も垂れ流し時代の記憶有ります。165系のトイレに入ると、線路の敷石が素早く通過していて、レールの
響きも露わでした。大宮を越した辺りの田畑にはよく「列車便所タレ流し反対」とか言う看板が立てられていました。汚水タンクが装着されだしたのは、
昭和の50年あたりからでしょうか。この頃は電車での出掛の時、165系を外から見てトイレの下側に白い箱状の機器が付けられているのが時々有った
ように記憶しています。裾部は、車両限界の為か斜め切り下げ形状でした。そのうちあれよあれよと言う間に、全車に装着されたと記憶しています。
これが汚水タンクと知ったのは大分後でした。新幹線が初めからタンク式だったと言うのは、走行中の気圧差の為に、外部と通々とする訳にいかなかった
からでしょうか。それでは、181系に代表される(古くは151系)旧い時代の特急列車は当初タレ流しだったのでしょうか。それともタンク式だったの
でしょうか。裕福ではなかった故、特急には全く乗れなかったので、少年の頃の特急のトイレの事は、未だに空白です。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1752名前:管理人時刻:2018-08-03 22:46:21返信報告:報告

列車のトイレは、大まかには垂れ流し式から垂れ流さない式へと進化したわけですが、各方式にも複数のバリエーションがあるようです。
単純に言うと、垂れ流し式 → タンク式 → 循環式 という進化を辿ったのだと思います。
垂れ流し式でも、周囲に飛び散って黄害となるのを防ぐため、配管に大きな覆いをつけて、なるべく線路の近くで飛散するように工夫したものが最終形でした。
タンク式は、初期の新幹線に採用されましたが、流した水もすべてタンクに収まるため、容量が不足し、故障や使用中止が相次いだとのことです。
完成系となったのが現在も使われている循環式です。これは、汚物をろ過し、消毒液で青色に色づけしたものを流水として再利用するというものです。
これなら液体がりサイクルされるので、満杯リスクは回避できるというわけです。
151系こだま型も最初は垂れ流し式で、新幹線でタンク式を採用したのは、速度云々より、新しいシステムの電車には垂れ流しを使いたくはなかったからではないでしょうか。昭和30年代初頭には、すでに垂れ流しは問題視されていたそうですから。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1753名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-08-04 01:55:27返信報告:報告

[1752]管理人様:

 御教示有難う御座います。私が始めて新幹線に乗った昭和44年は、既に青水だったように記憶しています。この時点では循環式トイレの技術は有った
訳ですね。この時代で既に、タンク式では、容量満杯の痛手を受け易いのも知れ渡っていたと言う事ですか。て言う事は、昭和50年辺りに相次いで汚水
タンクが装着されたのも、実は循環式だったと推定出来そうです。少年期のこの頃、どんなトイレかと気に留める事はあまり無く、もう列車トイレは狭苦しい
とばかり思って、あまり見に行く事も無かったです。実は最近も、列車トイレにはあまり行っていないです。今こうやって考えると一種トイレ考古学ですね?。
これも裏方の開発舞台の苦労有って発達した物ですから、次回列車トイレに行った時は、システムの観察勉強もしてみたいです。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1754名前:管理人時刻:2018-08-04 21:13:29返信報告:報告

鉄道車両のトイレについては、ニッチな分野で、きちんと正確に記述されているものがあるのかどうか・・・という中で、鉄道ピクトリアルの1998年2月号で「列車のトイレ」という特集をしておりました。
奇しくも、元埼玉のバスfanさんが初めて新幹線に乗った1969(昭和44)年度に、新幹線はタンク式から循環式への改造を終えているそうです。
ただし、在来線で1975(昭和50)年あたりに汚水タンクが相次いで取り付けられたという事実は確認できません。
車両改造だけでなく、電車区などの地上設備も整備する必要があり、線区によって進行状況は異なっていたようですが。
さすがにトイレ部分を撮影する機会は少ないですし、私自身、新性能電車はあまり撮っていないので、今回、ネガをひっくり返しても、この程度しか出てきませんでしたが、4枚の写真を添付します。
左側の2枚が垂れ流し式の配管覆いをつけたもの。上は急行型電車、下は近郊型のグリーン車です。
右側の2枚は循環式。上は特急型ですが、下は近郊型です。
面白いことに、下の写真は左右が同じ編成に収まっている車両です。グリーン車が垂れ流しなのに、普通車が循環式というわけです。
これは、その普通車がサハ111-1000番代という車両で、東京地下駅乗入れ仕様だったためだと思われます。
これらの写真は、1980年代初頭のもので、優等列車でもまだまだ垂れ流し式が多かったことが分かります。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1755名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-08-05 00:37:25返信報告:報告

[1754]管理人様:
 写真添付の程、有難う御座います。そうですね、私が見たのは循環式処理装置です。今見ると、アレこんな格好だったっけと不思議に思う脳細胞分子も
多少は正直有るのですが、ここ約40年この事も考えずだったので流石に記憶も不正確です。昭和50年辺りに相次いで改造されたという目撃は、特に赤羽駅
を通る、高崎線や東北線等で見た165系、169系等ですね。北埼玉の辺の農家等からかなりと苦情叩かれしていたのでしょうか。当然、他の地域の方々だって
文句を言わずになんか居られないでしょう。でも東京駅を玄関口に活躍している電車では、結構遅く迄循環式対策がされていないのも有ったのですね。

Re:更新後記(2018.7.8)

#1756名前:時刻:2018-08-09 00:05:00返信報告:報告

こんにちは。
垂れ流し式の便所なんて、今では考えられないですね。私自身は体験したことないのですが、学校の先生が「昔は便器の下から線路が見えていて・・」なんて話を面白おかしくしてくれましたね。80年代に首都圏に存在していたなんて、驚きです。近郊型や特急列車はあまり乗る機会がなくて知らなかっただけかも・・

ちょっと話は逸れますが、管理人様の写真の右下、サハ111系の写真を見ていて懐かしくなりました。高崎、宇都宮線の115系も、これと同様に側面方向幕の準備だけしてあり、長らく金属のサボを使っていた(上野駅での入れ替えを思い出します)のですが、90年代(下手すりゃ後半?)に入っても改造される様子はなく、このまま使われずじまいなのか、ダミーなのかと思っていたら、快速が設定されたり行き先が多様になったりした頃から自動方向幕が設置されるようになり、この車も最後まで使い倒すつもりなんだなとちょっと安心した記憶があります。とは言っても、好きなのは211系だったんですけどね^^

Re:更新後記(2018.7.8)

#1757名前:管理人時刻:2018-08-10 22:43:48返信報告:報告

近郊型の側面の方向幕は、確かに準備工事が多かったですね。通勤型と近郊型は冷房取付と側面方向幕がセットだったので、使う使わないにかかわらず、設計上は付けることになるので、仕方のないことなのですが。
横須賀線や京阪神で使っていたものを、東北本線や高崎線ではなぜ使わなかったのかは、よく分かりませんね。
ついていない車両が混じっており、そうなるとサボはなくせないし、交換作業する人も減らせないし、ならば従来のシステムをそのまま踏襲した方が合理的との判断でしょうか。
写真は、名古屋地区で1981年に撮った113系。準備中の方向幕が緑色に塗りつぶされている名古屋鉄道管理局内の仕様です。
ドアの脇には横サボが見えます。

あとトイレの話に戻りますが、垂れ流しと循環式との間に、紛砕式というのもあったらしいです。
交直両用には特に優先的に取り付けられる計画だったと書かれています。

1960年代の京都市交通局の廃バス

#1742名前:しばとら時刻:2018-07-22 11:47:49返信報告:報告

お世話になっております。だいぶ前に御殿場市のロンドンバスや京都交通の3扉車の廃バスについて投稿させていただいたものです。

何回か足を運んでいる廃バスで、この季節緑が美しかろうと再訪した京都市交通局の車両があります。いすゞ/西日本車体工業との組み合わせはまさに京都市交通局らしい組み合わせといえるでしょうが、銘板も無く型式が分かりません。低いライト位置などはBC161ですとかそこら辺のモデルが思い浮かぶのですが、確かそれらはリヤのデザインが丸っこいデザインだったような気もしてお手上げの状態でございます。

どなたかこの手の車両にお詳しい方、知識をお貸しいただければ幸いです。

Re:1960年代の京都市交通局の廃バス

#1743名前:しばとら時刻:2018-07-22 11:49:17返信報告:報告

いくつか、他のアングルでも投稿させていただきます。

Re:1960年代の京都市交通局の廃バス

#1744名前:しばとら時刻:2018-07-22 11:50:04返信報告:報告

画像②

Re:1960年代の京都市交通局の廃バス

#1745名前:管理人時刻:2018-07-24 22:38:56返信報告:報告

しばとら様、こんばんは。
これはまた、古くて面白い廃車体を見つけましたね。
ご想像通り、いすゞ-西工の組み合わせで、ライト配置は初期BCに見られたものですが、同じライト配置はBAなどでも見られます。
この車両は、長さから言って、BR20だと思います。1960年代初期の車両ですね。
本来は、後ろが丸いスタイルになる年代ですが、この車両は、後ろのスタイルを前と同じ形にした「電車形バス」なので、丸くないわけです。

Re:1960年代の京都市交通局の廃バス

#1746名前:しばとら時刻:2018-07-25 00:16:40返信報告:報告

管理人様

誠にご返答感謝いたします。これはBR20でしたか!手持ちの資料とリアのデザインが異なるため、顔は同じものの何なのだだこれは?となってしまいました。また、当時の京都市交通局の資料で同型車が「箱型バス」というタイトルがつけられておりました。管理人様のコメントよりその「箱型バス」の意味も納得です。このリヤデザインであるため、そう呼称していたのでしょうね。どうもすっきりいたしました。どうもありがとうございます。

更新後記(2018.6.17)

#1739名前:管理人時刻:2018-06-17 19:02:21返信報告:報告

今回、1970年代奥の細道に元岩手中央バスをアップしましたが、同時に更新したカラーリングのページには、岩手中央バスに関係のあると思われる画像を追加しました。
ここで添付したのが同じカタログの表紙ですが、1960年に発行された日野BD15のカタログ。
岩手中央バスがクリーム色に青帯に変わったのが1964年頃なので、このカタログが関連している可能性があります。

ところで、幣サイトでは、ページを更新した際には、トップページの画像を変えるというのを、サイト開始時からの自己ルールにしています。
トップページの画像が変わったら、「ああどこかのページを更新したのだな」と思ってもらえればいいのです。
ただし、キャッシュの悪戯で、古いページがいつまでも表示されるということもあるようです。
ブラウザの更新ボタンを押すと通常は最新ページが表示されますが、それでも古いページした出てこない場合は「Ctrl+F5」を押すと効果的なようです。

更新後記(2018.5.28)

#1735名前:管理人時刻:2018-05-31 20:51:03返信報告:報告

こんばんは。
今回は、山梨県の廃車体などを中心に更新しました。年末に1回、そしてついこの前もう1回訪問し、頂いた情報の数台をまとめて見てきました。
山梨県に行くと、やはり「ほうとう」を食べないと気が済まないのですが、SAとかで「ほうとう」のカップ麺も売っていたりするので、それもつい買ってしまいます。
もっとも「ほうとう」は写真を撮っていないのと、そろそろ暑くなって「ほうとう」の季節でもないので、ここでは盛岡冷麺に話を変えます。
昨年からでしょうか。ローソンで「盛岡風冷麺」が販売されています。
あえて「盛岡風」としているので、厳しく突っ込むことは控えますが、なかなかの出来だとは思います。
麺の腰とかスープの辛さなどの盛岡冷麺の特徴には、若干物足りないところがないわけではありませんが、チャーシュー、キムチ、キュウリ、ネギ、ゆで卵などの具の味がしっかりしています。
コンビニでこのレベルの盛岡冷麺が食べられるというのは、ありがたい話です。
盛岡冷麺を知らない人でも、入門のつもりで食べてみるといいかも知れません。
なお、ローソン公式サイトを見ると、東北地方では「本場仕込み盛岡冷麺」と言う名前で販売しているとのこと。
どうして東北では「風」の部分を取っているのか、ちょっとよく分かりません。

Re:更新後記(2018.5.28)

#1737名前:farewellsong時刻:2018-06-04 01:37:36返信報告:報告

お久しぶりです。
岩22か305について日野エンブレムは後付けですが、帝国車体のエンブレムはデフォルトの可能性があります。
昭和47~48年式くらいまで東武車において帝国車体のエンブレムは一部の車両に取り付けられていました。
新車の際には全車取り付けられていたのでしょうが、修繕時や再塗装時等と思われる時点で外されている個体もあり廃車時にはまちまちの状態でした。

追伸:
http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/vehicle/extra/useful/ramen_03.html
岡部のバスラーメンですが、一昨年末か去年初めに休業の張り紙がなされ去年6月頃撤去されました。
貴重なセンタアンダフロア車、格下げで扉移設の形跡のある車両でしたが詳しい調査も出来ないままで残念な思いがあります。
また、本庄の17号線沿いにあった新常磐交通のスパクルもいつかは不明ですが姿を消しています。

最近は廃車後輸出か解体かで廃車体を払い下げて利用するというケースが極端に少なくなり、
旧来の廃車体も老朽化やリサイクル化で撤去されており「古いバス」自体を見かけにくくなりとても残念です。

Re:更新後記(2018.5.28)

#1738名前:管理人時刻:2018-06-06 18:56:15返信報告:報告

farewellsongさん、こんばんは。
昨夜は、Windows10の更新が始まって1時間以上終わらない状態で、返信ができませんでした。
帝国ボディのリアエンブレムは、東武時代からあったんですね。本文のほうは、ちょっと修正させていただきました。
追伸のほうの、バスラーメン。とうとう撤去ですか。
私も3回ほど撮っていますが、色を塗り替えたりしているので、まだまだやる気かと思っていました。
ここで載せた写真は赤色で、2016年のもの。2014年にも同じ色の写真を撮っていましたので、本文の写真のうち1枚はそちらに変えました。
扉の移設は気づきませんでした。確かに中ドア両側の窓柱は狭いのですが、最前部の横引き窓は左右とも同じ形です。さらに、前ドア位置のリベットも、側面から自然な感じで続いているので、あまり改造痕を感じませんでした。
そういえば、リアの方向幕が通気口のようになっていますが、あれはラーメン屋になってからの仕業でしょうか。
本庄の常磐交通も、再度店が変わって、バスが消えていますね。新しいバスラーメンが増殖か・・・と思ったのも束の間、結局、どんどんと少なくなる傾向に変わりはないようです。

いすゞBC今に比してどうだったのでしょうか

#1733名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-05-31 16:49:48返信報告:報告

 中々詳細資料が見つからないので尋ねてしまいますが、いすゞのBCですけど、エンジンはDH100HではなくDH100となっていまして、札幌市交通局の
BC151Pの写真を見ましても、窓の下線が高めです。て言う事は、トラック同様の縦シリンダーエンジンで、車内高もBU世代に比して低めだったのでしょう
か。どんなに旧い時代だったとは言っても、観光仕様を窮屈な居住空間にはしにくいように思え、一寸しっくり来ない気がします。或いは単純に車高もBU世代
より高く取っていたのでしょうか。

Re:いすゞBC今に比してどうだったのでしょうか

#1734名前:管理人時刻:2018-05-31 20:36:43返信報告:報告

こんばんは。
札幌市のBCの窓下ラインが高めなのは、メトロ窓なのと、大陸横断バスをイメージしたからだろうと思います。
いすゞBCは、もちろん当時は当然だった縦置きエンジンで、その部分(つまり最後部)はひな壇になっており、最後部の座席も少し高い位置にあります。
ただし、最後部以外の客室はエンジンの高さには左右されませんので、通常のサイズと変わらないはずです。
ここで添付したのは、1959年のいすゞBCのカタログから、DH100型エンジンの解説部分です。

Re:いすゞBC今に比してどうだったのでしょうか

#1736名前:元埼玉のバスfan時刻:2018-05-31 21:19:07返信報告:報告

[1734]管理人様
 早速の御教示有難う御座います。「ひな壇」ですね。私でも見た記憶も有るのに、思い付きも何もせずに尋ねてしまい、お手数をおかけ致しました。
 そう言えば国際興業のBA551も最高部の座席はひな壇でした。東武バスの車番73XX(RE???)もそうだった記憶あります。私が生まれる前の時代の
自信満々の記載、気がそそられます。いすゞの名機ディーゼルの一つで、永く生き延びていたのも知っていましたので。今では聞けない調和のいいエンジン音
も、このコメント読んだら脳裏に蘇って来ました。

関東自動車と東野交通の合併

#1731名前:左党89号時刻:2018-05-25 21:50:12返信報告:報告

みちのりグループの両社が10/1付けで合併と公式リリースがありました。
関東自動車が法的な存続会社ということで東野交通は会社としては消滅しますが、リリースの中に
>なお、東野交通由来の営業所や車庫については、
>基本的には「東野」の名前を新たに付して、
>東野交通がこれまで築き上げて来た伝統を
>引き継いで参ります。
とあることから、県北バスと南部バスの関係に近いものか?とも解釈できます。
10/1になったと同時にバスの色が急激に変わるわけではないですが、今後の動きは注目すべきでしょう。

余談ですが、この掲示板に投稿した関東自動車の復刻カラーと同時に登場した東野交通の復刻カラーを先日、宇都宮駅で撮影できました。

Re:関東自動車と東野交通の合併

#1732名前:管理人時刻:2018-05-27 20:44:55返信報告:報告

左党89号さん、こんばんは。
エリアが重複するので、経営効率の面から、合併は至当な措置でしょうね。また、元のブランド名はそのまま残すというのも、地元住民や従業員への配慮が効いていると思います。
聞いたところでは、南部バスエリアでは、岩手県北バスカラーをアレンジしたような貸切車両が走っているそうですね。
私は、南部バスの貸切カラー(Nanbu Touring Bus)が結構好きだったので、色が変わってしまうのは、ちょっと残念です。
また、みちのりグループの共通カラーも登場し始めていると聞きました。
各社のカラーを継続してほしいというのは、単なる外野の郷愁でしかありませんが、私個人的にはそんなことを思ったりします。

更新後記(2018.5.7)

#1728名前:管理人時刻:2018-05-07 20:13:33返信報告:報告

こんばんは。
今回の更新では、入門の車両編に立ち戻って「トレーラーバス」というのに触れてみました。
トレーラーバスは“その頃”のバスではなく、終戦後という私が生まれるよりだいぶ前のバスなのですが、ちょっと理由があって調べてみました。
その理由というのは、ある廃車体がトレーラーバスであるか否かを検証してみようと思ったからです。
その廃車体というのは、山梨県にあったものの、数年前に撤去されて姿を消してしまいました。
実物が姿を消した以上、写真などから推察するしかないのですが、そもそも、トレーラーバスとは何ぞや、というところから入らないと推察も検証もやりようがありません。
しかし、残念ながら、「トレーラーバスを仔細に研究した資料」は少なく、一般的なタイプの解説でさえ、文献によって相違があるという始末でした。
そうなると、特殊な仕様の車両があったとかなかったとか、などの探求まで辿りつけるはずもない、という結果だったのです。
ただ、不思議と「トレーラーバスに触れた文章」だけなら、数多く存在します。ここで添付した京浜急行の記念乗車券にも出てきますし、バス会社の社史などにも数多く触れられています。
特殊な車両だっただけに、台数の大小にかかわらず、導入したという実績だけは、記録として残っていた結果でしょう。
そんなトレーラーバスについて、現状で集められた情報をもとにまとめたのが、今回の更新です。

Re:更新後記(2018.5.7)

#1729名前:ポンコツ屋 赤木時刻:2018-05-21 09:55:32返信報告:報告

トレーラーバスの解説、現役時代を知らないので、いつものバス趣味から少し離れた視点から興味深く拝見しました。山梨の「ある廃車体」も、今思えば行動範囲内でしたから、見てみたかったものです。
画像は85年にアメリカコロラド州で撮影した、スキー場の駐車場シャトル。あの国にしては小柄な車体の連結車でした。車名型式等さっぱりわかりません。

Re:更新後記(2018.5.7)

#1730名前:管理人時刻:2018-05-21 22:05:25返信報告:報告

ポンコツ屋 赤木さん、こんばんは。
山梨県のその物件は、「廃バス見聞録2」に掲載の山梨交通3台口の廃車体に向かう麓の辺りにありました。(と、さりげなく貴殿の出版物の宣伝をさせていただきます)
実は、2012年にこの掲示板でも投稿がありましたが、ほとんど話が盛り上がらないまま終わりました。
http://bbsee.info/days_1980/id/753.html
BBSメニューページに今は写真がありませんので、その時に載っていた写真をここで再掲します。小さい画像です。
先頭部の屋根のカーブやそこにある標識灯などから、箱型バスの先頭部であることは間違いないと思っています。
ただ、前側にトレーラーのカプラー部分の欠き取りにも似たラインが見えるのも事実です。
・・・みたいな話は、またアラカルトのコーナー辺りで回りくどく書いてみようかと思っています。

ボンネットバス運行情報 2018年(平成30年)5月の予定

#1724名前:onozawa時刻:2018-05-04 15:05:04返信報告:報告

ネット環境が悪く更新できませんでした。

2018年(平成30年)5月定期運行分の予定

#1726名前:onozawa時刻:2018-05-06 14:49:26返信報告:報告

・滋賀農業公園『ブルーメの丘』
【注意】*一部報道等で3/3スタートとされておりましたが、
事情により3月17日(土)スタートとなりました。
 3月17日(土)~11月30日(金)の土日祝限定で、滋賀県蒲生郡日野町にある「ブルーメの丘」で無料シャトルバスとして活躍します。
ブルーメの丘⇔日野駅間を運行します!ノスタルジックに浸ってください。
平成29年10月まで「彦根ご城下巡回バス」として活躍していたボンネットバスがブルーメの丘にやってきました!
シャトルバス運行時間(3/17~11/30の土日祝限定)
日野駅発⇒ブルーメの丘行
①10:10
②11:10
③14:40
④16:40
ブルーメの丘発⇒日野駅行
①10:40
②14:10
③16:10
(情報ありがとうございます。)
http://www.blumenooka.jp/
https://www.farm-group.jp/
 
 
・日本交通(鳥取県岩美町)
『ボンネットバスでめぐるレトロなバスツアー2018(30年度)運行』
今年も例年通り運行します。
②『アニメの世界へようこそコース』
○青コース
 運行日:4月7日(土)、6月30日(土)、8月25日(土)
     9月15日(土)、10月6日(土)、11月17日(土)
○赤コース
 運行日:4月8日(日)、7月1日(日)、8月26日(日)
     9月16日(日)、10月7日(日)、11月18日(日)
①『バス愛好家さんこだわりコース』
運行日:6月1日(金)、9月7日(金)
昭和レトロなボンネットバスをお好きなだけ撮影できるコースです。
「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の停車駅「東浜駅」にも立ち寄ります。
ボンネットバスと「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を1枚の写真に収めてみませんか。
http://www.iwami.gr.jp/item/8880.htm
http://www.iwami.gr.jp/secure/8880/ボンネットバスツアーチラシ.pdf
 
 
・鞆鉄道(福山市鞆の浦) 『福山鞆の浦 定期観光バス』
 3月21日(水祝)~11月25日(日)の土曜・日曜日・祝日に、
今年は、午前コースにボンネットバスが定期観光として走ります。
http://www.tomotetsu.co.jp/tomotetsu/teikikannkou/ 
 
  
・四国交通(三好市) 『大歩危祖谷 定期観光バス』 
 3月17日(第3土曜日)~11月30日(金)の土・日・祝日のみ運行。
※ただし、5月・8月・10月・11月は毎日運行です!
http://yonkoh.co.jp/teikan
http://yonkoh.co.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/teikan_omote.pdf
http://yonkoh.co.jp/periodi.htm
 
・大交北部バス(大分県豊後高田市)
 『昭和ロマン号』に無料で乗車できます。
☆昭和の町周遊コース☆
・昭和時代の懐かしい雰囲気そのままの商店街を巡るコースとなっています。 
■2月■  2月10日(土)、2月11日(日)、2月12日(月祝)、
     2月17日(土)、2月18日(日)、2月24日(土)、2月25日(日)
■3月■  3月3日(土)、3月11日(日)、3月17日(土)、3月18日(日)※、
       3月21日(水)、3月24日(土)、3月25日(日)、3月31日(土)
       ※3月18日(日)の運行時間は未定です。
https://www.showanomachi.com/topics/detail/216
https://www.showanomachi.com/files/TopicsDetail/23/TopicsDetail_23555_file.pdf
 
 

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