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N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21650名前:stray時刻:2017-04-28 17:17:24返信報告:報告

Hachetteの隔週刊「ZARD CD & DVD COLLECTION」にN御大の連載があります。
今まで知られていない話もあって興味深いのですが。
ホントか?その話!的なものもあるので、かいつまんで紹介します。
 

第2号
-------------------------------------------------------------
1990年夏のオーディション。彼女はアン・ルイスさんの「六本木心中」、テレサ・テンさんの「つぐない」を歌いました。
-------------------------------------------------------------

エンタメステーションでも同じことを言ってますが、
寺尾さんは、アン・ルイスさんの「六本木心中」と「WOMAN」を歌ったと書いてます。
(出典:Music freak Es Vol.17 Being Works 第4回 ZARD 負けないで)

どちらがホントなのでしょう?
WBMf2011で披露された「六本木心中」はハスキーボイスで、
言われなければ泉水さんとは到底思えない歌声でした。
もともと泉水さんはハスキーな声に憧れていたので、
アン・ルイスを選択したのは頷けますが、「つぐない」は・・・

Re:N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21651名前:stray時刻:2017-04-28 17:19:00返信報告:報告

第3号
-------------------------------------------------------------
ZARDのヴォーカルのコンセプトについてですが……前号でもお話ししましたように、坂井泉水さんというと、儚げで大人しい、無口なイメージがありますよね。これは彼女の持つ元々の要素だけではなく、ZARDとしての方針・コンセプトとも言えます。
 どんなコンセプトかというと、一人暮らしをしている彼氏の家に合鍵を持って一緒にしばらく住んでいるような、同棲とまではいかないけどその一歩手前の女性。例えば彼の家が東京の下北沢だとすると、彼女の実家は神奈川県の郊外みたいな距離感というか。
 彼女は彼の外出時に家に居て、掃除をしたり料理を作ったりして待っているスタイルで、出掛けると言っても近所のコンビニくらい。ずっと部屋にいるので、よほどの事がない限りはノーメイクで、髪もブラシでとかさずに後ろで縛り、ピアスもつけないような女性。部屋にいてくつろいでいるみたいな部屋着で、例えば一緒に住んでいる彼の着ている男物のシャツを着ていることも。もちろん酒は飲まないし、タバコも嫌いで。
 一緒には住んでいるけど、彼の事を本当に愛しているからこそ、彼が夢を優先するのであれば自分はいつでも身を引くような姿勢。自分の事を優先して能動的な生き方を選ばない、いわゆる昭和の女。これを最初にコンセプトとして決めたので、坂井さんの書く歌詞の世界は終始一貫していたわけです。
-------------------------------------------------------------

何言ってるんでしょうね。
最初からこういうコンセプトであったのなら、
「髪をアップにして、メイクもかなり濃く、キャミソールドレスにガーターベルト、
黒いストッキング、ヒール、サングラス」(出典・オフィシャルブック「きっと忘れない」)
ってことになるはずがないでしょう!

しかもそのセクシー路線は「眠れない夜を抱いて」PVまで続くわけで、
Mステ出演を機に、変更されたコンセプトなら理解できますが・・・

Re:N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21652名前:stray時刻:2017-04-28 17:19:40返信報告:報告

第6号
-------------------------------------------------------------
3枚目のシングル「もう探さない」のPVでは、さらにメンバーの顔を映し出す方向で制作していきました。坂井さんの服装を今までよりも用意された感じの「衣装」にして、メイクもしっかりし、彼女は緊張の中にも案外楽しそうな表情も見せていました。しかしそれだと僕のイメージしていた(歌詞でも表現してきた)「昭和の女」像と違っていたので、結局当時このPVはお蔵入りを決めました。
-------------------------------------------------------------

我々が知っているPV(https://youtu.be/R49FVNL23lk)以外に、
お蔵入りになったPVが存在するのか?
でも、内容は我々が知っているPVそのもの。
「お蔵入り」の意味を理解せずに書いたとしか思えません。

Re:N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21653名前:陸奥亮子時刻:2017-04-28 18:18:13返信報告:報告

皆さん、こんばんは。陸奥亮子です。

STRAYさん、スレッド立て、有難う御座います。

私は、1号を書店で立ち読みしただけで、その後は、少し忙し

い事も有りましたので、立ち読みすらしていませんでした。

まあ、大きな変化が有れば、何方かが報告される筈と考えてい

ました。かいつまんでの紹介、有難う御座います。^-^。

それにしても、B社さん内での「統一した考えや見解」を予め

しておかないのは不味いですよね。

Re:N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21658名前:Aki時刻:2017-04-28 23:08:22返信報告:報告

> ホントか?その話!的なものもあるので、かいつまんで紹介します。

 N氏は「昭和の女」(っていうかそれだと「演歌」の世界という感じがします)というのを推していますが、「後付けされた」という感じがします。

 デビュー当時の時代背景は「女性ヴォーカルバンドブーム」なので、それに則ったカタチでのデビューという感じがしますし、当時はそこまで「ZARD」が売れるとも思っていなかった感じがします。(2nd3rdシングルのタイアップはどう考えても「猛プッシュ」とも思えない)
 少なくとも当時は宇徳敬子さんの方に力を入れていた感じしかしません。
(新人で「B.B.クィーンズ」のコーラスをさせ、その後「Mi-Ke(ミケ)」のメインヴォーカル。TV露出多数、コーラスなどを経て、93年にソロデビューという異例の待遇です)

 とりあえず、1st~4thのPVは「昭和の女っぽくないから今後も完成版を出さない」ということなのでしょうね・・・
(なぜ当時OKを出したのか?)
 ビジュアル的には4thの「眠れない夜を抱いて」のジャケ写からイメージが定着していますが、楽曲としては、もっと後ですね。
92年では「汗の中でCRY」「Why Don't You Leave Me Alone」etc
93年は「私だけ見つめて」「I want you」etcがあり、キャラクターが定まっていない感じがします。

Re:N御大語録 Hachette「私とZARD」

#21659名前:幸(ゆき)時刻:2017-04-29 07:53:27返信報告:報告

[21658]Akiさん、stray所長、皆様、おはようございます。
いつもながら厳しく的確なご指摘ですね(笑)。

> > ホントか?その話!的なものもあるので、かいつまんで紹介します。
>  N氏は「昭和の女」(っていうかそれだと「演歌」の世界という感じがします)というのを推していますが、「後付けされた」という感じがします。
>  デビュー当時の時代背景は「女性ヴォーカルバンドブーム」なので、それに則ったカタチでのデビューという感じがしますし、当時はそこまで「ZARD」が売れるとも思っていなかった感じがします。(2nd3rdシングルのタイアップはどう考えても「猛プッシュ」とも思えない)

仰る通りかと。
思うに以下のどちらかで最初の方かなぁという気がします。
・デビュー当時からN大氏個人は何となくそういうイメージを抱いていた。但し、制作スタッフ等に指示して浸透していた訳ではない。つまり模索してた。
・記憶が曖昧になって時期が間違った。

注意して読まないといけないとしても、この企画自体は貴重な話が聞けて楽しみにしてるので続けて欲しいです。

やはり、3rdAL『HOLD ME』のPV撮りだった

#21841名前:stray時刻:2017-05-18 11:55:03返信報告:報告

SH2012で公開され、現在SHL2017で公開中の「あの微笑みを忘れないで」
ノリノリVer.は、やはり、3rdAL『HOLD ME』のPV撮りと判明。[9968]

第8号でN御大が明かしています。
お蔵入りになった理由は、
-------------------------------------------------------
彼女自身は良かれと思って動いてくれたが、「動」のコンセプトが
元々のZARDの「昭和の女」のイメージには合わず、
多くの人に支持されるものにはならなかったと思う。
-------------------------------------------------------
とのことです。

Re:やはり、3rdAL『HOLD ME』のPV撮りだった

#21845名前:Aki時刻:2017-05-18 22:19:14返信報告:報告

> お蔵入りになった理由は、
> 元々のZARDの「昭和の女」のイメージには合わず、

 そもそも、ノリノリなのがNGなら、リハの時に「NG」って言えば?と思いますが・・・そしてNGなのに映像を処分していないのも辻褄が合いません。

 もうすでにZARDのイメージは07年以降ガラリと変わっていますけどね・・・(苦笑)
(「昭和の女」ってさすがに現代では「時代錯誤」になっています)

 N氏がプロデューサーのうちは1st~4thのPVも「お蔵入り」であり、その他の「ノリノリ」な感じの写真・映像も「お蔵入り」になったままなのでしょうね・・・

Re:やはり、3rdAL『HOLD ME』のPV撮りだった

#21846名前:stray時刻:2017-05-19 12:23:46返信報告:報告

「いわゆる昭和の女。これを最初にコンセプトとして決めたので・・・」[21651]

↑と言い張ってる限り、この手の矛盾は避けて通れないでしょう。
PV撮りにもコンセプトが有るはずで、PがそれをAに伝えないわけがない(笑)。

>  N氏がプロデューサーのうちは1st~4thのPVも「お蔵入り」であり、その他の「ノリノリ」な感じの写真・映像も「お蔵入り」になったままなのでしょうね・・・

「あの微笑み・・・」ノリノリver.を出した理由を、こう言ってます。
-----------------------------------------
亡くなって10年経過した今なら、多くの方がZARDを支持している中での、
坂井さんのアクティブな動きも新鮮で、これはこれで受け入れてもらえるかもしれません。
-----------------------------------------

初出は5年も前(SH2012)ですから(笑)。
初期からのZARDファンの気持ちがまったく分かってないですね。
初期のアクティブな動きを見たい!んだってば(笑)。
3rdALのPV撮り、ぜーんぶ見せてちょうだい!(笑)

Re:やはり、3rdAL『HOLD ME』のPV撮りだった

#21847名前:Aki時刻:2017-05-19 12:50:16返信報告:報告

> 初期からのZARDファンの気持ちがまったく分かってないですね。
> 初期のアクティブな動きを見たい!んだってば(笑)。

 本当にB社は何も分かっていないですね(苦笑)
 これまでの動きから見ても、現在のZARDは現役時代のFanが大半を支えていることに何故気づかないのか?
 99年もBEST盤は300万行ったのに、シングルは10万~20万
 05年もシングルは10万行かないのに、Live DVDは10万本を突破・・・
 昨年もオールタイムBESTは10万行ったが、Remixは散々な結果・・・(新規がほとんど伸びていないことがわかります)

 大体の人は「気づかないフリ」をしているだけということを何故気づかないのか?と思います。
 特に今のネット社会ではなおさら、91年~92年のラジオやTVや雑誌のことを知っている人は多いだろうし・・・
 雑誌なんて特に92年頃まではとてもではないが、「昭和の女」キャラではないですし・・・(苦笑)

 要は91年~92年のZARDをN氏はそこまで気にしていなかったという感じにしか思えません。それを無理に「無かったこと」にしようとすると、余計に「不自然」にしかなりません。「不自然」に演出しようとして失敗したケースはたくさんあるのに、なぜ学ばないのかな?とも思います。

「坂井泉水」命名の謎、ついに判明!?

#22112名前:stray時刻:2017-06-15 13:45:00返信報告:報告

Hachette No.10で、N御大が「坂井泉水」命名理由を明かしています!

--------------------------------------------------------------------
井上陽水さんの制作に「パインジュースの缶」という名前で携わったことがあります。
井上さんの本名は「あきみ」(陽水)で、お父さんは若水と書いて「わかみ」だということを伺っていて、
いつか「み」に「水」を使いたいと思っていました。

これは笑い話ですが、僕は20年ほど前に、業界を半ば引退して以来ずっと大阪に住んでいるのですが、
ある時、若い方に「『坂井泉水』って知ってる?」と聞いたら、「私、そこに住んでいます」と言われました。
よく聞くと、大阪の堺市の“泉"が付く場所でした。
--------------------------------------------------------------------

濁してますが、「堺」「和泉」説で間違いなさそうです。

6thアルバム『forever you』のエピソード

#22226名前:stray時刻:2017-07-13 20:04:48返信報告:報告

第12号

6thアルバム『forever you』のエピソード
----------------------------------------------
完成して工場でプリント作業をしている最中に、僕はジャケットの写真を替えたくなり差し替える指示をして、
150万枚出来上がったCDを全て廃棄して、新しく作り替えてもらいました。
普段の坂井さんは作品作りにおいては何度でもやり直したいタイプなのですが、
その時は「もったいないです……私は前のでも十分良かったんですけど……」と言っていました。
----------------------------------------------

ジャケットだけ替えれば済むのに、CD丸ごと廃棄したっぽいですね。
差し替え前のジャケ写を見てみたい。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22228名前:Aki時刻:2017-07-13 21:38:18返信報告:報告

 「forever you」は確か、坂井さんがジャケ写を差し替えたという作品だったと思うのですが・・・

 あと、N氏が「綺麗すぎる写真は使わない」という風なコンセプトを持っていたはずなのに、何故この写真?という感じもします(正面は向いていませんがかなり綺麗にハッキリと写っている感じがします)

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22229名前:noritama時刻:2017-07-13 22:34:22返信報告:報告

こんばんは

>差し替え前のジャケ写を見てみたい。
そうですね。気になります。
1stアルバムからだと、
1st左顔、
2nd右顔、
3rd左顔、
4th右顔、
5th左顔と順にきていて、、
6thの差し替え前のが左顔で、、規則性から外れたので右顔に変えたくなったんじゃ(^^;

>ジャケットだけ替えれば済むのに、CD丸ごと廃棄したっぽいですね。
150万枚って・・・当時のオプトロム社生産なら月産数の半分ぐらいなのかな。。
当時発売日遅れました?

そういえば、Wikiの記載によるとオプトロム社はCD・DVD生産を2015.9で休止(撤退?)したみたいですね。。。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%A0

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22231名前:Aki時刻:2017-07-13 22:54:36返信報告:報告

 会報誌12号に出ていますね。

 「このジャケット写真の表情が自分では好きで、既に決まっていたジャケット写真を「私、こっちの写真の方が好きなんですが・・・」と懇願して、変えて頂いたのです!」と記載されています。(10周年サイト01年4月17日掲載)

 N氏の話と全く異なっています。坂井さんも「懇願」という言葉を用いているので勘違いというのも考えにくいですね・・・

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22232名前:stray時刻:2017-07-14 12:36:01返信報告:報告

Akiさん、こんにちは。
情報どうもありがとうございます。
泉水さんが懇願してジャケットを変えて貰った、という話・・・初めて聞きました。
両者の話が180度食い違ってますね(笑)。
泉水さんが懇願したジャケットで150万枚出来上がったところで、
それをまたN御大が変えて作り直したってことなんですかねぇ・・・
証人喚問が必要ですね(笑)。

noritamaさん、こんにちは。
発売日が延期になったかどうか、わかりません。
当時はネット情報が無いので、音楽雜誌に発売予告が載っていれば調べられますが・・・

4thALも5thALもリアルタイムのジャケ写なのに、6thALでは何故
3年も前のアー写(津久井湖のセッション)を使い廻す必要があったのか? です。
「Just believe in love」(1995.2.1発売)にも言えることですが・・・

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22233名前:noritama時刻:2017-07-14 13:27:12返信報告:報告

こんにちは

>4thALも5thALもリアルタイムのジャケ写なのに、6thALでは何故
>3年も前のアー写(津久井湖のセッション)を使い廻す必要があったのか? です。
>「Just believe in love」(1995.2.1発売)にも言えることですが・・・
そうですね、古い写真が時折使われるのは謎のひとつでしたね。
リアルタイムでない古い写真を使う習慣がこの案件で・・・(苦笑)なのでしょうか。
6thアルバム製作時期のリアルタイムな写真だとどの(セッションの)写真になるんでしょうね。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22236名前:stray時刻:2017-07-14 20:54:54返信報告:報告

noritamaさん、こんばんは。

> リアルタイムでない古い写真を使う習慣がこの案件で・・・(苦笑)なのでしょうか。

14th Sg「Just believe in love」(1995年2月1日発売)が 6thALより1ヶ月早い発売ですが、
共にジャケ写は過去のセッションの使い廻しです。

13rd Sg「あなたを感じていたい」(1994年12月24日発売)のジャケ写撮影が1994年10月で、
その後、リアルタイムのジャケ写は 16th Sg「サヨナラは今もこの胸に居ます」
(1995年8月28日発売)、ジャケ写撮影:1995年6月29日までありません。
約9ヶ月空白期間があるのですが、これが一体何を意味するのか・・・

> 6thアルバム製作時期のリアルタイムな写真だとどの(セッションの)写真になるんでしょうね。

ブックレットの画像はすべて使い廻しで、裏ジャケのこの画像が唯一リアルタイムものかと。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22237名前:Aki時刻:2017-07-14 22:27:09返信報告:報告

> 発売日が延期になったかどうか、わかりません。
 当時の記憶だと、CD店にも特に「延期」という情報はなかったと思います。
 アルバム間隔としても「OH MY LOVE」から約9ヶ月という点でも早いと思いますし、「Just believe in love」からも約1ヶ月なので、これ以上早いペースでのアルバムだと「Just~」が先行シングルになってしまう可能性があります。

> 4thALも5thALもリアルタイムのジャケ写なのに、6thALでは何故3年も前のアー写(津久井湖のセッション)を使い廻す必要があったのか? です。

 リアルタイムの写真がジャケ写にするにはピンと来なかったのかもしれません・・・

95年は結構忙しい年でもありましたね。
(94年12月24日「あなたを感じていたい」)
2月「Just believe in love」
3月「Teenage dream」提供・「foerver you」発売
5月「君がいたから」提供・コーラス
6月「愛が見えない」(ここからセルフプロデュース?)
7月「突然」提供
8月「サヨナラは今もこの胸に居ます」
11月「Last Good-bye」提供・「クリスマスタイム」提供・ゲストヴォーカル
(96年1月「マイフレンド」 延期のすえリリース)
 不思議なのは「サヨナラは今もこの胸に居ます」は「当初はリリース予定がなかった」と言われている作品ですが、ジャケ写は比較的新しいというもの。
 「FIELD OF VIEW」はB社としては相当力の入ったプロジェクトだったと思います。2nd「突然」タイアップはポカリスエットでしたし・・・
 96年5月の「心を開いて」も津久井湖と言うのも気になります。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22238名前:アカシア時刻:2017-07-16 09:26:00返信報告:報告

noritamaさん、strayさん、はじめまして。

『forever you』は延期になっていません。
J-DISC第一弾新譜としてリリースされた為、
発売日厳守だったんだと思います。

プレスはオプトロム以外にコロムビアでも行われてました。
私が持っている盤はコロムビア製です。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22239名前:noritama時刻:2017-07-16 11:37:21返信報告:報告

こんにちは

>ブックレットの画像はすべて使い廻しで、裏ジャケのこの画像が唯一リアルタイムものかと。
なるほど。
CDジャケット風にすると・・・こんな感じになりますね。(文字フォントは遣っ付けです(^^;;)
2nd~5thアルバムの若干幻想風から、、1th(アルバム・シングル)のようなリアル方向に感じられます。

>J-DISC第一弾新譜としてリリースされた為、
製品品番は、ZARDの場合
シングル系が、BGDH→JBDJ(1995.6.5リリース 15thシングル JBDJ-1003『愛が見えない』から)、
アルバム系が、BGCH→JBCJ(1995.3.10リリース 6thアルバム JBCJ-1001『forever you』から)、
となりましたね。

>プレスはオプトロム以外にコロムビアでも行われてました。
>私が持っている盤はコロムビア製です。
生産ロットをみると、おっしゃる通りコロンビア(CDMパートナーズ大井川(コロンビア))盤もあります(^^)
手持ちの『forever you』ロットには、オプトロム盤とコロンビア盤があって、
オプトロム盤ロットは、(1995.2の作成版と1995.3作成版があるようで)
OP522* IFPI L302
OP522A* IFPI L302
OP523* IFPI L301
OP533* IFPI L301
(*印部分はアルファベット)
がみられ、
CDMパートナーズ大井川(コロンビア)盤ロットは、
1A1 C 52  IFPI L221  [12197]
5MB2 C 52  IFPI L221
がみられています。

CDMパートナーズ大井川(コロンビア)盤ロットには、
"52"という番号が入っているので手持ちの他作品製品のロット傾向から・・・
オプトロム盤1995.2の作成版(OP52・・系)と同じ音源の版ではないかと推測されます。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22241名前:noritama時刻:2017-07-16 12:56:21返信報告:報告

さらにOP盤を分類すると、、
[12183][12196]に記述していますが、
写真のように中心付近の透明部分のところの(たぶん生産工場製造ライン識別のIFPI番号)IFPI番号の有無の違いもあります。
ちょうど生産時期が付記過渡期に当たったのでしょうか。
現在の手持ち(笑)OP盤には、
OP522Z(無)
OP522AA(無)
OP522AF(有)
OP522AK(有)

OP523H(無)

OP533A(無)
OP533B(有)

で、透明部分のIFPI番号の無いものは古い時期生産品とみるべきでしょう。
なので、OP522*(OP522AA)、OP523*、OP533A、(+コロンビア盤)のロットは同時期生産されていたかもで、
初期に混在していたとも推測されます。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22243名前:アカシア時刻:2017-07-16 19:14:50返信報告:報告

noritamaさん
> で、透明部分のIFPI番号の無いものは古い時期生産品とみるべきでしょう。
> なので、OP522*(OP522AA)、OP523*、OP533A、(+コロンビア盤)のロットは同時期生産されていたかもで、
> 初期に混在していたとも推測されます。

CDマトリックス部分にIFPI番号が刻印されるようになったのは、1995年以降に製造された分には表記されております。
オプトロムのL303は98年のB'zのPleasureで初めて登場し、
L304は2001年頃の製造分から登場しだしてますね。
L305は、2005年にオプトロムがDVD製造を開始し出してから、DVDに振られてたように思います。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22244名前:noritama時刻:2017-07-16 21:22:23返信報告:報告

こんばんは

>CDマトリックス部分にIFPI番号が刻印されるようになったのは、1995年以降に製造された分には表記されております。
14thシングル『Just believe in love』ではまだIFPI L301/L302の表記されておらず
ロット表記はBGDH-1042 OP512*
ZARDの場合は、
95年J-DISC扱いのもの(6thアルバム『forever you』からのようです。
また、オプトロムでの新たに版作成され再生産たものでしょうか、
95年以前のシングル・アルバムで、版95.4~5、95.9を示す(IFPI表記付き)ロット商品もみられます。
例)
1stシングル BGDH-1010 OP592A IFPI L302
6thシングル BGDH-1031 OP592A IFPI L302
8thシングル BGDH-1005 OP543A IFPI L301
3rdアルバム BGCH-1005 OP553B IFPI L301
3rdアルバム BGCH-1005 OP592A IFPI L302
4thアルバム BGCH-1001 OP543A IFPI L301

参考までに、
現状最終の45thシングルでは、
CD:JBCJ-6013 OP0942* IFPI L304
DVD:JBBB-6013 OP0942* IFPI L305
CD:JBCJ-6014 OP0942* IFPI L304

オプトロムの最終生産時期(2015.9)辺りは、、
例えば、La PomPonのシングル『謎』で、ロットナンバーは、
JBCZ-6024 OP1582* IFPI L305
となっていました。

透明部分のIFPI番号の方は"48##"(#印は数字)がオプトロム社工場の製造ラインを示しているようです。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22247名前:noritama時刻:2017-07-17 14:21:16返信報告:報告

こんにちは

YTを何気に見ていて気がついたのですが(^^
これも[22236]と同じときの一コマでしょうか。

撮影スタジオは、、、

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22248名前:noritama時刻:2017-07-17 14:55:46返信報告:報告

用賀のスタジオE-RAでしょうか。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22250名前:noritama時刻:2017-07-17 17:37:57返信報告:報告

スタジオE-RA屋外の撮影の服装雰囲気は、コートを取れば[22236]と同じっぽいですね。

スタジオE-RAの撮影は、
14thシングル『Just believe in love』か6thアルバム『forever you』用の撮影だったのかもしれませんね。
以前キーボードで『Just believe in love』を奏でている風の映像[18042]も出てましたし。

Re:6thアルバム『forever you』のエピソード

#22252名前:stray時刻:2017-07-17 20:28:08返信報告:報告

noritamaさん、こんばんは。

E-RA用賀のロケは93年4月なので、違いますね。
[22236]はMODスタジオかBIRDMAN WESTのどちらかじゃないでしょうか。

「ハイヒール脱ぎ捨てて」は「あなたを感じていたい」の続編だった

#22323名前:stray時刻:2017-08-10 12:43:29返信報告:報告

13号と14号に連載された「歌詞に描かれた女性の心情」によると、

主人公は、付き合っている男性から結婚しようと言われて悩んだ。
まだ仕事をしていたかったし、彼の夢にちゃんとついていけるか自信もないし、
家庭にも入りたくないし…。
結果として自分から身を引いて別々の夢を選んだ。
(ここまでが「あなたを感じていたい」の歌詞)

しかし、あれから数ヵ月が経ち、“四月前"にまだ想いを引きずっている。
“今なら仕事と恋に揺れたりしないわ あの日あなたというホームグラウンドから旅立った私を許して"と。
「もしもあの時仕事を辞めていたら……」というのを総称して"ハイヒール脱ぎ捨てて"、
とサピ頭のメロデイーにぴったりはまる言葉を持ってきた。
(「ハイヒール脱ぎ捨てて」の歌詞)

ということなんだそうです。

「ハイヒール脱ぎ捨てる=仕事を辞める」だったとは!
ハイヒール=OLの象徴という発想は男にはできないですね。

私はてっきり、ハイヒールを脱いで海辺で遊んでいるシーンの回想だと思ってました(笑)。

Re:「ハイヒール脱ぎ捨てて」は「あなたを感じていたい」の続編だった

#22325名前:幸(ゆき)時刻:2017-08-10 13:56:23返信報告:報告

[22323]stray所長、皆様
僻地ゆえ14号は今晩書店に取りに行きます、楽しみ^^。

> 「ハイヒール脱ぎ捨てる=仕事を辞める」だったとは!
> ハイヒール=OLの象徴という発想は男にはできないですね。
>
> 私はてっきり、ハイヒールを脱いで海辺で遊んでいるシーンの回想だと思ってました(笑)。

「ハイヒール」はOLの象徴だとは察してたものの、「脱ぎ捨てる=(しがらみ等を捨て素直な気持ちになって)楽になる」くらいしか思い浮かんでなかったです(汗)。

もちろん、♪あなたを感じていたい の続編とは想像すらしてなかったなぁ。
ただ何となく、いくつか曲の歌詞につながりがある気はしてたので、まだ他にもいろいろ関連した物語があるのかも。

Re:「ハイヒール脱ぎ捨てて」は「あなたを感じていたい」の続編だった

#22326名前:狐声風音太時刻:2017-08-10 16:39:26返信報告:報告

stray所長、幸(ゆき)さん、皆さん、今日は。

> > 「ハイヒール脱ぎ捨てる=仕事を辞める」だったとは!
> > ハイヒール=OLの象徴という発想は男にはできないですね。

ちょっと私の推測が当たっていたようで、嬉しいです。(手前味噌ですが)
「歌詞の理解の為に」の「No.68'ハイヒール脱ぎ捨てて'」[13807]で「日常を捨てて、恋に走って行く、その気持ちが良く現れていると思います。」と書きました。

私はそこでは具体的には書いていませんが、仕事を捨てても良いという解釈だったと、考えています。
そこでも書いていますが、知り合いの女性が本社から地方勤務(地元ですが)に転勤になった時に送った歌詞です。

>ただ何となく、いくつか曲の歌詞につながりがある気はしてたので、まだ他にもいろいろ関連した物語があるのかも。

確かに、確かに私もそう思いますが、具体的には思い当たりません。

1992年のBADオーディション

#22464名前:stray時刻:2017-10-05 13:17:12返信報告:報告

第18号より

坂井さんは1992年のBADオーデイション(Being Artist Development  Audition)で審査員と一緒に座っていましたが、
応募してきた人は誰も彼女をZARDの坂井泉水だとは思っていなかったようです。
その応募者の中には徳永暁人さん(from doa)もいました。
----------------------------------------------------------

話の流れとしては、
泉水さんは作曲家に会うことはほとんどなく、織田さんも栗林さんも1、2回しか会っていない。
ただし例外もあって・・・
というものです。

審査員と一緒に座っていただけで審査員じゃなかったのか?
審査員じゃなかったら一体何だったのか?
私は、そこが気になる(笑)。

Re:1992年のBADオーディション

#22466名前:幸(ゆき)時刻:2017-10-10 12:23:02返信報告:報告

[22464]stray所長、皆様
> 第18号より
> :
> 審査員と一緒に座っていただけで審査員じゃなかったのか?
> 審査員じゃなかったら一体何だったのか?
> 私は、そこが気になる(笑)。

後に徳永さんが語ったところ(どこに書かれてたのか思い出せないm(_ _)mけど)によると、「1人だけニコニコしていた」ことから座ってる審査員に見えた訳ですね。

ただし、採点はしてなかったってこと?なのでは。
おそらく、採用するかどうかについて意見は聞いてたでしょうから、一応審査員には含まれると思います。

ところで、素顔の坂井泉水OFFSTAGEコーナーの「心に残るお話」がちょっと気になりました。

「ごんぎつねの手袋」と回答された「手ぶくろを買いに」からは、真実を伝えるのが必ずしも良いとは限らず、『知らないフリ』という優しさもあって、きっと詞の世界に通じてる気がしました。

昭和46年~教科書に掲載された「くじらぐも」からは、小学生の頃から『青い空と白い雲』はお好きだったことが伺えます。
ご参考までに、掲載頁以降を含めた全体のお話が以下から朗読で聞けます。
https://www.youtube.com/watch?v=HOBb54JFVdA

赤蜻蛉が飛ぶこの季節、ふと空を眺めていろんな雲の形から想像を膨らませるのも楽しいかも。心安らぎますね^^。

Re:1992年のBADオーディション

#22467名前:stray時刻:2017-10-11 13:38:55返信報告:報告

幸(ゆき)さん、こんにちは。

> 後に徳永さんが語ったところ(どこに書かれてたのか思い出せないm(_ _)mけど)によると、「1人だけニコニコしていた」ことから座ってる審査員に見えた訳ですね。

「1人だけニコニコしていた」の出所が探せなかったのですが、
25周年のニコ生では「BADオーディションをベースで受けにいった。目の前に若い女性が座っていたが、
髪を下ろしていて、真正面だったので(ジャケ写等の横顔しか知らなかった)
ぜんぜん誰だかわからなかった」と語っていますね。

審査員でなければ、何しに座っていたか?ですが、
ベースの星さんは1992年9月で脱退しているので、その後釜を探していたのかな?と思ったわけです。
であれば、とても興味深い話なのですが、調べてみたら、
1992年のBADオーディションは「1992年3月29日」開催でした。

Re:1992年のBADオーディション

#22468名前:幸(ゆき)時刻:2017-10-11 17:09:54返信報告:報告

[22467]stray所長
> 審査員でなければ、何しに座っていたか?ですが、
> ベースの星さんは1992年9月で脱退しているので、その後釜を探していたのかな?と思ったわけです。
> であれば、とても興味深い話なのですが、調べてみたら、
> 1992年のBADオーディションは「1992年3月29日」開催でした。

後釜探しは興味深いですね、時期は若干ズレてるようですが、正式な脱退前に抜ける
のは分かっていて半年前にBAD開催した可能性はない訳じゃない。

予めベースとかパートごとに募集してたのか?、どういうオーディションだったのか?
分かりませんが、BAD(Being Artist Development Audition)なのでアーティストとして
開花しそうな人材を広く募ってたのかも知れません。

以下からも、ベースが必須という感じではなく、たまたま得意技を披露したように思わ
れます。

>オーディションの時はどんなアピールを?
>「審査ではベースソロを弾き倒しました。チョッパーやらタッピングやらととにかく目立つ奏法ばかり、4~5分盛り込んだ、今思うと変な曲だったなぁ……(笑)でも弾き終わった時、審査員の皆さんが全員、手を叩いて大ウケしてくれたのが印象に残ってます」
https://deview.co.jp/X_news_2008oct_1014c

どうも、いい加減というか、ざっくり決めてたというか、良さげな人材をキープして
おいて後から使い道を考えてたように見受けられるかも。横道にそれるので、こうした
採用方針の是非は議論したくありませんし、そういう育て方もアリだと個人的には思い
ます。

また、ZARDデビュー25周年記念特集【THE POP STANDARD】vol. 6 に記載された以下は
そうした採用を裏付けてます。契約前から(アルバイト等?で)アレンジの仕事はして
たんだから。

>徳永 当時、いろんなオーディションを受けていて。その中でビーイングのオーディションに最後まで残らせてもらって、まだ契約が決まらないぐらいの時期だったと思いますね。アレンジの仕事を何件かやらせてもらったり、そういう時期です。
https://entertainmentstation.jp/32557

結局、そうした審査途中にデモを聴いて気に入られたとしたら、採用の決定権や評価
権を持たない審査員ではない立場で、採用された場合の後の組み方の参考にする為に
並んで加わっていたのではないかと考えられます。さて、真相はいかに?

Re:1992年のBADオーディション

#22469名前:stray時刻:2017-10-11 19:58:38返信報告:報告

幸(ゆき)さん、こんばんは。

憶測の域を出ないので、不毛な議論となってしまいますが(笑)、
1992年3月は、まさにZARDが分岐点に差し掛かっていた時期であり、
星さんの脱退意向がその一因であった可能性は捨てきれないと思います。

しかし、デビュー曲はそこそこ売れたものの、2ndSg、3rdSgで伸び悩んでいた泉水さんが、
B社の中で、「オーディションで後釜探し」を出来るような地位にあったとは、到底思えない。
N御大のゴリ押しで参加できたとすれば、相当な溺愛を感じざるを得ませんね(笑)。

「HOLD ME」ライブ中止の理由

#22973名前:stray時刻:2018-05-17 22:06:41返信報告:報告

第34号より

3rdアルバム『HOLD ME』を携えて1992年10月に東名阪でツアーをやる予定でいたのです。
しかし、本番直前に彼女が体調を崩してしまい、僕はステージに立てる状況ではないと判断し、
やむを得ず中止させていただきました。
-----------------------------------------------------------

が、しかし・・・

第8号では、

10月に東名阪で予定をしていました。僕はしばらく現場に任せていたのですが、リハーサルを見た際、
僕の思い描いている演奏クオリティ、見た目のイメージになっていなかったので、ライブを中止にしました。

と書いているのです。

N御大! 自分で書いた過去の原稿をすっかりお忘れになってます(笑)。
おそらく両方ともウソだからそうなってしまうんです。

真相は「ライブ直前にバンドメンバーの脱退が相次いだから」だと私は思います。[3037]

Re:「HOLD ME」ライブ中止の理由

#22974名前:FK時刻:2018-05-17 23:43:24返信報告:報告

こんばんは。

自分は、中止の理由は「泉水さんの(主にボーカルの)クオリティが低かったから」じゃないかと考えます。(船上ライブ時の実際のボーカルみたいな感じ?)

B社は、船上ライブをDVD化しない理由も泉水さんの体調不良にするくらいですし、泉水さんを悪く言いたくないので“演奏”のクオリティが低いとか、適当な理由にしてるんじゃないですかね。

メンバー脱退が原因という説は、
そもそも1992年のライブは10/5大阪、10/6名古屋、10/20東京の予定でしたが、
それらが中止になる中で10/16Mステ、10/28MJにバンドメンバーでテレビ出演してるので、違う気がしますが。。

Re:「HOLD ME」ライブ中止の理由

#22976名前:stray時刻:2018-05-18 12:45:38返信報告:報告

FKさん、こんにちは。

[3024]スレを頭から読んでいただくとわかってもらえると思うのですが、
まとめると以下のようになります。
-------------------------------------------
メンバー5人でTV出演したのは、3回だけ。
・Mステ1回目 1992.8.7
・Mステ2回目 1992.8.28
・サウンドアリーナ 1992.9.9

Mステ3回目(1992.9.18)に星さんの姿はなく、4人で出演。
演奏は当て振りで、カメラに映る時間も短いので、ベースがいなくてもさほど違和感はない。

Mステ4回目(1992.10.16)も4人で出演したが、ドラム・メンバーは別人っぽい。

つまり、星さんに続いて、HOLD MEライブ直前に道倉さんも脱退し、
バンドとしての体を成さなくなった、と考えられるのです。
-------------------------------------------

泉水さんのボーカルクォリティの高さは、Mステ1回目・2回目、サウンドアリーナで実証済み。
クォリティが低いとN御大が判断したらMステ3回目以降はなかったはずです。

Hachette第34号には、ZARDが坂井泉水のソロプロジェクトになった時期について、
「1993年初頭」と書かれています。1993.2.5のMステ出演が、
残った2人(町田さんと池澤さん)にとって、最後の仕事だったのでしょう。
(この時のドラムはMステ4回目のドラムと別人)

Re:「HOLD ME」ライブ中止の理由

#22978名前:FK時刻:2018-05-19 10:54:43返信報告:報告

strayさん、こんにちは。

自分は92年9月中旬から10月のテレビ出演時のバンドメンバーについては把握してなかったので、[3024]スレやWikiを読み直しました。
この時点で既にオリジナルメンバーじゃなかったんですね。

ん~、でも自分的には中止の理由は、泉水さんの“ボーカル(パフォーマンス)のクオリティがイマイチだった説”だと思います。。
(会場抑えてチケットまで売った段階での中止は余程の事がない限りしないと思いますけど、普通ボーカル以外のメンバーならプロのサポート呼べばいくらでも替えは効くと思いますし、泉水さんの生歌については声を張る箇所の少ないミディアムテンポの曲(「眠れ-」「IN MY-」)はCDとあまり変わりませんが、そうじゃない曲はCDと差があるなぁと自分は感じてます)

ただ、ライブリハで演奏が下手だったのは事実かも知れません。
自分は逆に、メンバー脱退のきっかけの一つにライブのリハがあったかもと思ってしまいます。
演奏テクニックが下手で、それを見たN御大が「下手クソ!お前クビだ!!もう明日から来なくていいよ」ってキレたとか(妄想です・笑)
そもそも無名のメンバーが、オリコントップ10入りする人気急上昇中のグループの地位を捨てて自分から脱退しようとはあまり思わないでしょうし。。
(ZARD脱退後に活躍したという話も、誰も聞きませんし)

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