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お好きだったサガンの著作を少し読んでみました

#23405名前:幸(ゆき)時刻:2018-10-29 12:35:50返信報告:報告

CD&DVDコレクション45号で紹介され、WEZARD Vol.21(Aug. 2003)の
質問「好きな作家は誰?」に対してご返答された「F.サガン」の著作
をいくつか読んでみました。
以下、『』は泉水ちゃんが何がしか感じたかも知れないと思った箇所
です。他にも、お洒落な南仏やパリの描写、口に出す言葉と内面に抱
く思惑の違い、翻弄された時間(とき)や恋の苦しみ、ニーチェの文
句も登場するなどなど、お気に入りだったのかも。そして何よりも
「孤独」に向き合う姿かな。
♪息もできない、♪愛は暗闇の中で、♪止まっていた時計が今動き出した 
の歌詞をほのめかす文言もあるやなしや。

ちなみに、MFM Special No.37, P-86, 2000年頃のインタビューにも、
 Q:作詞をする上で影響を受けているア-ティストは?
 A:「石川啄木、F・サガン、岩館真理子(漫画家)、
 スタンリ-・キューブリック作品などなど・・・。
 これらの人は、影響というよりは好きな人ですね」
と書かれていて一番お好きだったのかも?

Re:「悲しみよ こんにちは」

#23406名前:幸(ゆき)時刻:2018-10-29 12:36:46返信報告:報告

「悲しみよ こんにちは」1954年サガン18歳のデビュー作
(朝吹登水子訳 新潮文庫版、1955年)
あらすじ:
遊び人の父と愛人ら、そして17歳の娘の夏の別荘での恋と企み
や葛藤を描く。

第一部第一章 pp.4
『私は砂の上に寝そべって、一つかみの砂を手ににぎり、指の
間からやわらかい黄色の一すじのひものように流し落とした。
それは時のように流れすぎて行くものに見えた。それはたわいの
ない考えだった。たわいのないことを考えるのはいい気持ちだっ
た。夏だもの。』
第一部第五章 pp.29
『彼女はネズミ色の服をまとっていた。ほとんど白に近い、不思
議なネズミ色で、電灯の光に照らされて、ちょうど暁の海の色調
のようなネズミ色...その晩、成熟した女のあらゆる魅力が、彼女
の内に集められたようであった。』
pp.38
『私はいまだに、この息を切らした効目の薄いこれらの接吻を、
砂に砕ける波の音と一致した、私の心臓の上のシリルの鼓動を覚
えている。一、二、三、四、心臓の鼓動と、やさしい砂の上の音と、
一、二、三、...一。そこで彼は息をつくのだ。』
第二部第一章 pp.40
『私はこの私なのだから、さまざまな出来事をつぎつぎと感じる
ことは自由ではないか? 生まれてはじめてこの「自分」が分離し
たように見え、このような二重性の発見が私をひどく驚かせた。
私は都合のいい口実を探し、自分自身にそれらをつぶやき、自分
が誠実であると判断した。すると突然、もう一つの「自分」があ
らわれて、私自身の議論がいかにも真実のような外見を持ってい
ながら、それは偽りであり、自分自身をあざむいていると叫んだ。
けれども、もう一つの「自分」が私をあざむいていたのではなか
ったろうか? この聡明さこそもっとも悪質な錯覚ではなかった
ろうか?』

→ 代表作であり、少女と大人びた部分が交錯した「青春」を
感じられたに違いありません。
サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」に
影響を及ぼしたようで、映画化もされてます。

Re:「ブラームスはお好き」

#23407名前:幸(ゆき)時刻:2018-10-29 12:37:41返信報告:報告

「ブラームスはお好き」1959年
(朝吹登水子訳 世界文学全集 新潮社、1960年)
あらすじ:
15年前に離婚して装飾デザイナーとして自立した39歳の女性
ポールが同世代のロジェと「大人の関係」を続けるが、ある日、
若く心優しい25歳の青年シモンに出逢う。それぞれ「浮気」に
溺れ、年の差、嫉妬、無益に怯え、孤独から逃れようとする
男女の複雑な心模様を描く。

第1章 pp.7(313-306)
『彼女はベットのなかで、そこにだれかの暖かいからだがある
かのように本能的に腕をのばした。彼女はだれかの眠りをさま
すまいとしているように、ひっそり呼吸した。一人の男か、一
人の子供、だれでもいい、彼女を必要とする人、寝つくときと
目ざめのときに彼女のぬくもりを必要とする人を。しかし、だ
れもほんとうに彼女を必要としている人はいなかった。』
第七章 pp.352
『「男っていい気なもんだわ。」ポールはにがにがしさもなく
思った。「君をとても信用している、とても信用しているから
自分はほかの女と浮気もできるし、私をひとりにもしておける
し、それと反対のことなんか絶対に起こるはずもないってわけ
ね。まったく結構なことだわ。」』
第十章 pp.33(369-306)
『食事の間じゅう、彼女はずっとシモンの視線に照らされてい
たのだ。シモンの目は、二分おきに規則ただしく、まるで灯台
の光のように彼女の顔にそそがれ、そして一秒でも長くポール
の視線を自分のほうにひきつけておこうとした。ときとして彼
女も、シモンのねがいをかなえて、じっとかれのほうを見つめ
た。するとかれは。じつにやさしい、ひどく熱意をこめた微笑
を送ってくるので、彼女としても微笑をかえさずにはいられな
かった。とにかくシモンのほうが、彼女の左にすわっていた男
などよりも、はるかに美しく、ずっと生きいきとしていた。
ロジェは、そのことに少しも気づいていなかったんだわ、と彼
女は思った。やがてシモンが近づいてきて、ロジェのほうに葉
巻の箱をさしだした。』
第十一章 pp.66(372-306)
『冬の日々の単調さ。ただ一人、自分のアパルトマンから仕事
場へ、毎日おなじ道をゆききする永遠のくりかえし。いくど電
話しても、そのたびに期待に裏切られながら、がっかりして受
話器をおくロジェへの電話。じじつ、きこえてくるロジェの声
は、心がどこかへいってしまったようにうつろな声であるか、
それともひどく、はずかしそうにしている声なのだった。ああ、
もう二度とかえってこない、たのしかった長い夏。そうしたや
りきれないすべてのことが、しだいに彼女を、無防備な受け身
の姿勢にし、どんな犠牲をはらってもいいかから「なにかがお
こってくること」を期待させるようになっていった。』
第十六章 pp.107(413-306)
『きっと、彼女が六年ごしに苦労してきたかれの恋、その絶え
まない、苦しい努力が、ついに幸福よりも貴重なものとなった
ためだろうか。もしかしたら、それが無益だったということが、
彼女の自尊心にとって耐えられないのかもしれない。そして、
これらの打撃をうけることによって、彼女の内のおなじ自尊心
が少しづつそれに馴れ、しまいには、ロジェを自分の苦しむ主
人として選び、かれに献身するようになったのだろうか。だが、
ロジェはいつも彼女から逃げていた。そしてこのあやふやな戦
いが、彼女の存在理由となったのである。』

→ もう青春とは言えない20代以降の恋愛の、入り混じった
心境をかみしめられたのではないかと思う。
ブラームス交響曲第3番第3楽章
https://www.youtube.com/watch?v=RP5x6bi2SBo
1961年「さよならをもう一度」というタイトルで映画化

Re:「愛を探して」

#23408名前:幸(ゆき)時刻:2018-10-29 12:38:32返信報告:報告

「愛を探して」1994年 
(朝吹由紀子訳 新潮社 1997年)
あらすじ:
肺癌で四十歳までの余命6ヶ月と宣告された男性マチユが、朽ちる
時期が分かった上でこれからの日々を過ごさないといけない拷問
に、恐れ慄き、狼狽し、絶望し、そして自身と向き合いながらも、
愛した女性らに告げることで救いを求めていく。そして最後は...

第二章 pp.15
『九月末のパリは穏やかで、小春日和のような気候の中を、軽やか
だが荒々しい、生温かさをまだ孕(はら)んだ風が吹いていた。風
は、上空で雲を吹き流し、その驚くような速さでもって、狭く暗い
道を陽の当たる歩道とそうでない歩道に変えて、パリの街はまるで
<縞馬の陰>のように広がっていた。』
第四章 pp.39
『これからは過去なしに生きていかねばならない。なぜなら、その
過去は正確ではないからだ。それに、未来もなしに生きていかねば
ならない。未来などないのだ。彼は現在に生きなければならなかっ
た。』
第四章 pp.49
『この期間を、恐怖の中で、自分がいなくなるというぞっとするよう
な確信を持ったまま失うのはいやだった。これからは、いつもしてき
たように、自分自身と地球の調和が与えられた幸せ、たとえ少なくな
ってしまった幸せだとしても、それらの幸せに専念しよう。』
訳者あとがき pp.166-167
『経済や地位、利益、効率が支配する社会。その中で人間はせかせか
と暮らしている。... 人は何かをする時に、「どうしてそうするのか」
、その理由や目的を考えないで、「どのようにすればよいか」と方法
ばかり考えるようになってしまった。それも、政治から社交界での話
題に至るまで、あらゆるレベルにおいて。とサガンは言う。
 いささか悲しい世の中に生きる私たち、そしてマチユ。マチユはこ
うして孤独を発見する。「孤独がほろ酔い気分を与えてくれるなんて、
ほんとうに初めてのことだった...。」というこの小説の終わりの文章
は、「悲しみよ こんにちは」の「何かが私の内に湧きあがり、私は
それを、眼をつぶったままその名前を迎える。悲しみよ こんにちは。
」からの四十年という長い道のりを感じさせてくれる。ここには、孤
独を受け入れてここまで生きたサガンの姿がある。』

→ 2004ライブ後頃に病と向き合う際に読まれたかも知れません。

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