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坂井泉水さんの進路選択

#24183名前:haru時刻:2019-06-23 04:27:00返信報告:報告

こんにちは。

ほぼ2度目の投稿です。
こちらの“ZARD研究所BBS”では、坂井泉水さんの色々な事柄について語られていますが、
坂井泉水さんの就学期の進路選択については語られていますか。

なぜ、伊志田高校を選び、そのあと松蔭女子短大に入学したのか?
その事はこちらではすでに語られているのでしょうか。

Re:坂井泉水さんの進路選択 当時の高校

#24185名前:haru時刻:2019-06-23 17:34:25返信報告:報告

自分で調べてみたこと記入します。
坂井泉水さん、15才(1982,S57)の時、
秦野市内には高校は3校ありました。

神奈川県立 秦野(はだの)高等学校
神奈川県立 秦野南が丘(はたのみなみがおか)高等学校
神奈川県立 大秦野(おおはたの)高等学校

なお、現在存在する
神奈川県立 秦野総合(はだのそうごう)高等学校は、
秦野南が丘と大秦野の二つの高校が合併して、2008(H20)開校。
設備は秦野南が丘を利用。

さらに、
神奈川県立 秦野曽屋(はだのそや)高等学校、この高校は、1987年(S63)設立。

どうして、坂井泉水さんは秦野市内の高校を選ばず、
伊勢原市 愛甲石田駅もよりの(徒歩7分)、神奈川県立 伊志田(いしだ)高等学校を
選んだのでしょう。

Re:坂井泉水さんの進路選択 当時の高校

#24186名前:haru時刻:2019-06-23 22:09:00返信報告:報告

小田急線の渋沢駅→愛甲石田駅の時間は18分~20分です。
通学時間としては短い方ですね。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24187名前:stray時刻:2019-06-24 09:34:53返信報告:報告

haruさん、こんにちは。

泉水さんの就学期の進路選択について、当BBSで話題になったことはありませんし、
関連する資料もありません。
高校、大学は入試があって、自分の行きたいところに行けるものでありませんので、
高校については、ご自身の学力に見合った選択をされたのではないでしょうか。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24191名前:幸(ゆき)時刻:2019-06-24 17:52:42返信報告:報告

[24183]haruさん
> なぜ、伊志田高校を選び、そのあと松蔭女子短大に入学したのか?

自分はかつて隣街(伊勢原市内)に住んでたものの、あくまで憶測なので、所長に嫌がられてしまいそうです(汗)が、最寄りの渋沢駅からの交通手段が乏しかっただろうことは要因の1つかも知れません。
登山客用のバス路線以外、秦野市内の高校への通学等は不便だったと思われます。

一方、お父様が伊勢原自動車学校にお勤めでしたので、そっち方面にむしろ愛着をお持ちだった気がします。

短大は当時新設されたばかり、第1期生としてのチャレンジということも考えられます。また、この短大へのバスは、愛甲石田駅発もあって、確か、伊勢原自動車学校の近くを通ってたと思います(間違ってたらm(_ _)m)。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24193名前:noritama時刻:2019-06-25 13:33:41返信報告:報告

こんにちは

ご家族が記憶にあるご家族視点からみた泉水さん(幸子さん)の様子の手記など等を出版していただけることを切に願いながらも、、
公表されている事から離れて、プライベート寄りの話題であり、
あまり深く長く詮索しても推測・妄想の域は脱しられず、結果は得られないかと思いますので、
不快感や不要な憶測が起きない程度に留めていただくほうがよいかと思います。

なので、浅く軽く(笑)
>短大は当時新設されたばかり、第1期生としてのチャレンジということも考えられます。また、この短大へのバスは、愛甲石田駅発もあって、

現在は短大(松蔭女子短期大学)ではなく松蔭大学で、
https://bit.ly/2NbCXnU
泉水さんが短大入学通学当時の1985~86年には、、
愛甲石田駅は現在のようなバスターミナルは無く、、、古いローカルな駅で、
最寄りバス停も離れていました。
今の北口バスターミナルと橋上駅舎が完成したのは1987年後半です。
https://bit.ly/31SmHLz
1987年以降、愛甲石田駅バスターミナルが出来てそれにともない発着路線を作ったとみられますので、
泉水さんが短大当時は、本厚木駅から発着のバス通学であったと察しられます。(^^)

泉水さんは1967年の早生まれとなりますね
(1966年生まれ丙馬の年度です)
写真出典:卒業年月・西暦和暦早見一覧表
https://sotugyou.hikak.com/index2.php

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24200名前:haru時刻:2019-06-25 19:40:58返信報告:報告

みなさん、貴重なご意見ありがとうございます。
確かにプライベートな事柄であり、触れにくさを感じています。

この投稿をした理由として、坂井泉水さんの経歴を見ていてひとつのレバタラを思い付いたからです。
どうしてそうならなかったのか。検証できないものかと思ったのです。

高校入学から、順を追って行こうと思い付いたのですが、noritamaさんがおっしゃるように
プライベートなことであり、もうひとつには欠けることがないように順を追うとなると自分の時間と労力が大変なことになると気付きました。

すみませんけど、またあとで。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24214名前:noritama時刻:2019-06-27 18:41:17返信報告:報告

高校の選択って、
学力が合いそうな普段の成績か(入試試験に受かりそうか)とか、
学校のイメージ・人気・評判、先輩が多く入学出来ているとか、
専門学科(工業・商業学科)なのか普通学科なのか、県立か私立か、
通学し易さ・掛かる時間はどうかとか、
誰それと同じ学校に、、というのもあるかもですが、、

本人の希望と親の希望、学力考査をもとに進路指導面談などをして、
みたいな部分は、昔も今もさほど変わらないような感じかと。。

学力評価・考査については、、
今のような数値やシステマチックな篩分けの(よく知りませんが(笑))感じじゃなくて。。。
当時はもっとアバウトだったような、、

今は、"制服が"ってのも学校選択の一要素ですね(女子については大きい選択の要素らしい)(^^;

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24215名前:noritama時刻:2019-06-27 18:42:26返信報告:報告

そのなかで、簡単に調べられるのは、"通学し易さ・掛かる時間はどうか"ぐらいでしょう。

時間の感覚をあげておくと、

①元ご実家から、当時の渋沢駅までは、徒歩で約25分位かかっていたと思われます。
今は1993年に駅舎が橋上駅舎になり北口にバスターミナルが出来、、徒歩約20分位ですが、
当時は古い駅舎で側近の小田原側(か秦野側)の踏み切りを必ず渡らないといけなかったようですので(^^;+5分は必要かと。
https://bit.ly/31YhthF

②小田急渋沢駅電車待ち時間10分間隔位

③小田急 渋沢駅-愛甲石田駅 約20~25分
(伊勢原駅でロマンスカー追い抜き待ちがあると約25分位になります)

④愛甲石田駅から伊志田高校 約7~8分
(当時は今と道路有無の違いはありますが、、
現在の新しい道路ルートでも、、当時からある道筋でもだいたい同じ時間です。
学校へは下り坂、帰りは上り坂になります)

結果、伊志田高校へは1時間10分程度かかっていたことになります。
小田急にのっている時間は座れれば楽(途中休憩みたいなもの)ですし、
朝の上り(新宿行き)方向とはいえ混み合うのは秦野以降ですし、、
朝から学校に行くのに上り坂だったら、、学校に行きたくなくなります(苦笑)が、
愛甲石田駅から学校へは下り坂ですし。
そう考えると時間は若干かかりますが、シンプルで楽な通学とみられます。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24216名前:noritama時刻:2019-06-27 18:42:50返信報告:報告

他のアクセス時間
⑤小田急 渋沢駅-秦野駅 約4分


市内中心部にあった、神奈川県立 大秦野(おおはたの)高等学校へは
⑥秦野駅から、徒歩約14分

元実家から直接なら、
⑦徒歩約50~55分 (朝は長い平坦や長いゆるい下りの通学路)
自転車なら半分以下の時間かと
⑧徒歩約18分+バス約12分 の約40分 (但しバス待ち間隔は30分位か・・乗りそびれたり渋滞に嵌ると遅刻の確率が高くなる)

市内中心部に位置する高校なので、希望者は多かったのではないかと。


神奈川県立 秦野南が丘(はたのみなみがおか)高等学校へは※現在の秦野総合高等学校
⑨秦野駅から、徒歩約22分
駅から台地の上をめざすような感覚の(朝は)上り坂の通学路


神奈川県立 秦野(はだの)高等学校
⑩秦野駅から高校前まで、バス約16分 (約30分間隔 1時間に2本程度)
市内中心部から離れていて、台地の上の立地

ざっくりとこんな感じ

通学でみると、、大筋1時間内通学圏であるが、
・大秦野(おおはたの)高等学校は、市内中心部でアクセスはいいが、そのぶん希望者も多かった(倍率が高かった)のでは
・秦野南が丘(はたのみなみがおか)高等学校は、朝からきつい上り坂の通学路
・秦野(はだの)高等学校は、バスに乗りそびれると・・遅刻の確率が高い
そういう事がみえてきます。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24217名前:noritama時刻:2019-06-27 18:43:45返信報告:報告

では、小田原方面の可能性は、、
時間の感じはこうです。
⑪小田急 渋沢駅-新松田駅 約7分
⑫小田急 渋沢駅-開成駅 約10分

⑬小田急 渋沢駅-小田原駅 約17分

現在は、朝の時間帯だと、
新松田駅(御殿場線(松田駅))や東海道線(小田原駅)で、
隣の静岡県の沼津・三島方面へ通学する学生を多くみかけます。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24218名前:noritama時刻:2019-06-27 18:44:33返信報告:報告

撮影スタジオの選択も、
初期を除くとそれ以降は開設したばかりのスタジオで撮られている事も多かったようなので、
新しもの好きの傾向や新しいものへの好奇心が昔から旺盛であったのかもですね。(^^;

Re:坂井泉水さんの進路選択 レバタラ(たられば)の内容

#24232名前:haru時刻:2019-06-30 23:46:25返信報告:報告

坂井泉水さんの経歴(ほとんどは音楽界での大活躍)を見て、どうしてこの人は就学期に音楽学校に
入学しなかったのだろう?。と思ったのです。

音楽学校に入学しなかった理由を知りたいというのがこの投稿なのですが、ナカナカむずかしいですね。

もし坂井泉水さんが音楽学校、それも4年制音楽大学に入学していたら、歌手デビューまでの道筋は
大きく変わっていたのではないかと思います。

4年制音楽大学を卒業するのは、1989年(平成元年)3月ごろになりますね。
(noritamaさん、ありがとうございます。年月の特定がすごくやりやすいです。)

坂井泉水さんが1989(H1)年に音楽学校を卒業していたら、きっと、それとも必ず、すぐに歌手として
デビューしてたはずだと思うのです。(学校内のツテと本人の活動により)

実際のデビューより2年ほど早くなります。(レコード会社はビーイングでない可能性もかなり大きくなります)
音楽ファンは2年早く坂井泉水さんの歌声を聞く事ができるのです。

そうなると坂井泉水さんが体験した、会社勤めOL時期、その後のモデル業時期は無い事になります。

どうしてそうならなかったのか、残念でならないというのが私の強い思いです。

Re:坂井泉水さんの進路選択 レバタラ(たられば)の内容

#24244名前:noritama時刻:2019-07-02 21:34:07返信報告:報告

>坂井泉水さんの経歴(ほとんどは音楽界での大活躍)を見て、どうしてこの人は就学期に音楽学校に
>入学しなかったのだろう?。と思ったのです。
:
>坂井泉水さんが1989(H1)年に音楽学校を卒業していたら、きっと、それとも必ず、すぐに歌手として
>デビューしてたはずだと思うのです。(学校内のツテと本人の活動により)
>実際のデビューより2年ほど早くなります。(レコード会社はビーイングでない可能性もかなり大きくなります)
>音楽ファンは2年早く坂井泉水さんの歌声を聞く事ができるのです。
>そうなると坂井泉水さんが体験した、会社勤めOL時期、その後のモデル業時期は無い事になります。
>どうしてそうならなかったのか、残念でならないというのが私の強い思いです。

男性も女性も、小中高校の学生期に地味だったり、少しもっさりや老け顔系の方って、
20歳代後半以上になっても、逆に歳相応の周りの人達よりも若く見える事もあります。
生活がルーズでなく、心持ちが若かったり、心身が何かで充実していれば(いけば)なおさらかもしれません。
泉水さんはホウレイ線が目立たなかったのでその面でも若く見えますね。
歳を重ねるごとに若くなっているようにも(^^)

近年は、"高校デビュー"とか"社会人デビュー"とか、"○○デビュー"という表現で、、
女性には容姿や意識の"転機"が何かの区切りの時に訪れる場合もあるようで(^^;
"かわいい"だけでなく、"綺麗"とか方向性はいろいろでしょうが、
自分が"***"って気付いたタイプと、"***"をつくれる事(出来る事)に気付いたタイプ(^^;;があるそうです。

話が逸れましたが(笑)

Wikiによると街頭スカウトのようですが、スターダストに入った"キッカケ"が"転機"でしょうか。
『Listen to me』の歌詞ではないですが(^^;
窮屈な・漫然なOL勤め経験をしたからこそ、
その"キッカケ"の先に出来そうな事の夢や希望の光が見え・拡がったのかもしれませんね。
モデルやKQの下積みは決して無駄ではなく、業界に対する作法とか色々な歌の歌唱センスも含め、
むしろ魅力装備拡充って感じになったのではないでしょうか。
音楽学校卒だけでは出せない、速戦力的魅力だったかもですね。

(出典は何か知りませんが、Wikiに記載のある)中学のギタークラブの時に、英語や洋楽に興味が出始めたのかもですし、
英語系学科の短大なら、洋楽を求めて本厚木のレコード/CD屋によく行っていたかもですね。

いずれにしても進路の動機などは推測の域は脱せませんね。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24251名前:haru時刻:2019-07-06 16:32:05返信報告:報告

noritamaさん、ご返信ありがとうございます。

私の残念だという気持ちは変わりませんが、
それは言い換えれば、王道を歩んでいてほしかったという思いです。

この投稿(この件)に付いて、追記することはもうないと考えています。

Re:坂井泉水さんの進路選択 レバタラ(たられば)の内容

#24261名前:Awa C62時刻:2019-07-14 02:10:21返信報告:報告

「もう加筆する事は無い。」との事なので蛇足とは思ひますが、参考までに自分の感想を述べます。
 「もう加筆する事は無い。」…よい判断だと思ひます。現代史の研究の難しい点はまさにそこにあります。当人は亡くなつてゐても、肉親の遺族を始め、関係者が存命の間は一線を越えてプライヴェイトの領域に分け入る事は出来ないからです。泉水さんが歌手としてデヴューする以前の、彼女の、プライヴェイトな個人史にこれ以上深入りする事は現時点では差し控へておいた方がよいと思ひます。

> 坂井泉水さんの経歴(ほとんどは音楽界での大活躍)を見て、どうしてこの人は就学期に音楽学校に
> 入学しなかったのだろう?。と思ったのです。
> もし坂井泉水さんが音楽学校、それも4年制音楽大学に入学していたら、1989年(平成元年)3月ごろになりますね。
> 坂井泉水さんが1989(H1)年に音楽学校を卒業していたら、きっと、それとも必ず、すぐに歌手としてデビューしてたはずだと思うのです。(学校内のツテと本人の活動により)
> 実際のデビューより2年ほど早くなります。(レコード会社はビーイングでない可能性もかなり大きくなります)
> 音楽ファンは2年早く坂井泉水さんの歌声を聞く事ができるのです。
> そうなると坂井泉水さんが体験した、会社勤めOL時期、その後のモデル業時期は無い事になります。
> どうしてそうならなかったのか、残念でならないというのが私の強い思いです。
 どちらが格が上か下かを論ふ心算はありませんが、クラシツクとJ-POPのバンドとでは追求するテーマも生きる世界も全く違ひます。4年制音楽大学とは、そもそもクラシツクといふ、オーソドクスな音楽の世界で活躍する人材を養成する高等教育機関です。もし彼女が、音大の声楽科に進んだとしたら、それで尚且つ本格的な声楽家を目指したとしたら、学部だけでなく院にも進んだかも知れませんし、この世界もまた年功序列の大人社会であり、学業を卒へてからは大人の、社会人音楽家としての下積みの修行が始り、それから頭角を現し、一人前の声楽家として脚光を浴びるのは、早くとも20代後半もしくは30歳前後位になつてゐたであらうと思はれます。そして、そこにはオペラ歌手またはクラシツクといふ、オーソドクスな音楽の世界で活躍する「声楽家の蒲池 幸子」は存在しても、今日私共が親しみを以つて偲ぶ、J-POPの、庶民派のアーテイスト「ZARD 坂井 泉水」は存在しなかつたであらうと思ひます。

Re:坂井泉水さんの進路選択

#24269名前:ひげおやじ時刻:2019-07-16 19:00:21返信報告:報告

これと言った私立高校の無いこの地域では、当時(恐らく現在も?)秦野高校が断トツの進学校(殆どの卒業生がそれなりの大学に進学、私のかつての部下も同校出身)で、市内の中学でトップクラスの成績でないと確実には入れないレベルだった筈。安全のためここを外すとなれば、それなり以上のレベルで自宅からの通学が便利(バス・電車それぞれ1本ずつ)なので、伊志田高校は妥当な選択だったと思います(しかも、伊志田高校は文武両道)。

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