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80s岩手県のバス“その頃”掲示板

古いバスのこと、昔のバスの想い出、岩手県のこと、新幹線の看板などの掲示板です
→新しい話題を投稿する

更新後記(2020.10.19)

#2150名前:管理人時刻:2020-10-19 21:50:49返信報告:報告

岩手県交通のカラーバラエティ(イラストver)も、今回、そこそこの佳境を迎えています。
と言うのも、岩手県南バスの貸切カラーをどうお伝えするかを考え抜いた末、このイラストverという方法に辿りついた結果だからです。
岩手県南バスの貸切カラーは、カラー写真の記録がほとんどありません。それは、1967年の採用から5年前後で消えたからだと思われます。
しかし、見ての通り、岩手急行バスのカラーとも似ているし、後の岩手県交通カラー(通称:青銀カラー)ともよく似ています。岩手県のバスにとって、肝になるカラーデザインだったのです。
ここで添付した写真は、2018年に撮影した岩手急行バスです。
岩手県交通カラーとの親戚関係(本家)にあるこのカラーも、間もなく消えてしまうのでしょうか。そして、末っ子である岩手県交通カラーも、絶滅寸前のようで・・・。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2151名前:とまります時刻:2020-10-20 20:38:37返信報告:報告

こんばんは。
写真は整備中のものですが、今年の春頃から主に盛岡地区で見られるカラー(新カラー?)で
銀は県交通カラー、黄緑は国際興業カラーを意識したものと思われますが、個人的にはチョット微妙に感じています。
車両は元神奈中だったと思いますが、ここまで塗り替えるなら青銀でよかったのになと。
中央の帯は銀ではなく青だったら・・・とも思うのですが、銀色へのこだわりのようなものがあるのでしょうかね。
(このカラーは今のところ花巻への配置は無く、花巻工場で整備中のものを見かけるだけです。)

見難いのですが、このカラーでは社名の表記が非公式側でも左横書きになっています。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2152名前:とまります時刻:2020-10-20 20:55:34返信報告:報告

連続投稿失礼します。

写真は一関線の車両ですが、元岩手急行の車でも「O(オー)」の文字は赤丸になってますね。
岩手急行カラーの東日本急行は、分かってはいても一瞬「何でこの色?」と思ったのでした。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2153名前:管理人時刻:2020-10-21 21:19:53返信報告:報告

とまりますさん、こんばんは。
秋北バスや十和田観光電鉄が、元カラーに回帰傾向にあると聞いていましたが、岩手県交通は違う方向性のようですね。
国際興業カラーを中途半端に残す理由は分からないでもないですが、あまり自己主張の感じられないデザインですね。
青銀カラーに戻ったらどんなに素敵だろうか、と思ったりしますが、新車がその色に塗られなくなって20年近くなり、経営主体も変わり、既に青銀カラーに思い入れのある人がいないのかも知れません。
ところで、岩手急行バスのカラーは、とりあえずは今後も残るのでしょうか?

Re:更新後記(2020.10.19)

#2154名前:とまります時刻:2020-10-22 20:35:28返信報告:報告

>経営主体も変わり
これをきっかけに全く新しいカラーを考えたものの、諸事情を考えて折衷案のようなこのカラーになったのかもしれません。
2000年代初めに復活(?)した国際興業カラーも、バスに興味の無い人にとっては新カラーに見えたでしょうから、
それから20年近く経って今度は青銀のほうが新カラーに見えたりする・・・ってことはない?(笑)。

岩手急行バスのカラーは、台数がそれほど多くなさそうなので塗り替えてもよさそうですが、
このまま廃車まで残るのではないでしょうか。

写真は、花巻に唯一残る現役の青銀(数日前撮影)。車齢は25年近いはずです。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2155名前:管理人時刻:2020-10-23 20:49:30返信報告:報告

私は、国際興業カラーが古くて、青銀カラーが新しいという場面を目の当たりにしている世代なので、青銀カラーが新しく見えますね。
それに、青銀カラーは、古いバスにも新しいバスにも、どんな形のバスにも似合うカラーだと思います。
白系の地色に明るい原色系の色をシンプルに配置しているせいかと思います。基本的に水平ラインで構成されているので、流行に流されない普遍性があるのでしょう。
同じような例は、小田急バスのカラー(路線)で、昔からあるのに、最新のバスに塗っても違和感を感じません。
その種の優れたデザインは、あとは関東鉄道とか宮崎交通とかくらいじゃないかな、などというのは個人的な好みとかセンスの問題かもしれませんが。

写真は、2年前に大迫営業所の最後の姿を見に行ったときの青銀カラーのLRです。
綺麗に使用されており、国際興業カラーのLRと並んでも、こっちが新しく見えました。(私は)
1260というナンバーも、「岩22か」の時代に中型バスのCCMが付けていたので、親しみを感じました。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2163名前:左党89号時刻:2020-11-15 19:50:48返信報告:報告

こんばんは
古いスレッドのレス失礼します。

>秋北バスや十和田観光電鉄が、元カラーに回帰傾向にある
十鉄が旧カラーを復活したのは鉄道線廃止時に導入された車両で、国際興業以外の会社からの導入車だけだったようで、それ以降は他社からの導入であっても国際カラーとなっています。

ところで、十鉄では一時期写真のようなカラーの車両が導入されていました。
国際貸切カラーの青をライトグリーンに変えたものですが、電鉄カラーのようにも見えてしまいます(笑)
目的は不明ですが、写真の車両が、おいらせ町のコミュニティバスに使用されている点からも、受託運用の位置づけか?とも思われます。

Re:更新後記(2020.10.19)

#2165名前:管理人時刻:2020-11-16 21:52:02返信報告:報告

十和田観光は電車の代替だけが旧カラーだったんですね。
緑色のピンストライプカラーも面白いです。
通常カラーの色違いというのは、色展開の手法としては昔からあるようで、このサイトを始めた頃の掲示板でも「緑色の県南バスカラー」というスレッドがありました。
私自身は、田沢湖に行く途中で、羽後交通カラーを青くした廃車体を見た記憶があります。それは確か、沿線自治体のバスだったようですが。

そんな中、次回くらいで終了する「岩手県交通のカラーバラエティ(イラストver)」のスピンオフといいますが、ついでに作ったありえないバージョンをお見せします。
国際興業カラーの緑色の部分を青銀カラーにしたら、ちょっとカッコいいし、塗り替え費用も全塗装の半分くらいになるんじゃないか、という仮説です。

更新後記(2020.11.15)

#2164名前:管理人時刻:2020-11-15 21:23:24返信報告:報告

今回、表紙には、先月岩手県に行った際に見た岩手中央バスの廃車体を使わせていただきました。
廃車体そのものは、左党89号様から15年前の画像を頂いて掲載していましたが、それなりに劣化が進んでおり、前ドアも外れていました。
その前ドアから見えるところに、こんな注意書きがありました。
車掌を乗せて運行するときのドアの開閉について書かれています。
このバスは、盛岡市内線にワンマンカーを導入した時の最初のワンマン車両ですが、まだほとんどツーマンの時代、車掌を乗せて走ることもあった車両です。いわゆるワンツーマン車です。
踏切通過時には、バスの車掌は下車誘導することになっていますが、その時には、スイッチをワンマンに切り替え、自動ドアを閉めるように書いてあります。

更新後記(2020.11.1)

#2160名前:管理人時刻:2020-11-01 15:51:26返信報告:報告

久しぶりに岩手県に足を踏み入れました。
盛岡駅前では、写真のような光景が見られました。
そういえば、30数年前、初めて盛岡駅に降り立った時にも、この色が旧カラーで、駅前を発着していました。
もちろん、その時の「新カラー」は青と銀と白の岩手県交通カラーだったわけですが。

今回、手元の資料を穴が開くほど眺めてみたら、1976(昭和51)年6月1日の岩手県交通成立から半年以上の間、盛岡地区に入った車両は、すべてこの色だったようです。つまり、すべてが国際興業からの中古車だったわけです。
一方、県南エリアには、早くも8月には青銀カラーの新車が入り、中古車も同じ時期に青銀カラーに塗り替えられて納車されています。
この格差は何なのか。理由の一つには、前回の更新で掲載した県南バスの貸切カラーを見ると想像がつきます。
また、昔読んだ合併前後の岩手日報の記事を思い出すと、もう一つの理由が分かるような気がしました。

Re:更新後記(2020.11.1)

#2161名前:オペレッタ601号時刻:2020-11-10 23:52:05返信報告:報告

おばんでございます。今回の企画に際して、自分の記憶も振り返ってみたいと思います。(長文失礼します)

確か小学校に上がったばかりの頃で、当時から鉄道・バスに対する興味が旺盛であり自宅や図書館にある「のりもの図鑑」もよく見ていたのですが、「この間盛岡で見たバスと同じカラー(国際興業)だ」「普段通学で乗っているバスと似たような色だ。しかし帯の色が違う(山吹色)」などど、図鑑の世界と現実の世界の境目がなくなりつつ、とても不思議な感覚でした。
幼かったその当時の自分はまだ「中古車」という概念が無く、普段乗っていたバスも最近入った車輌にも関わらず内外ともお世辞にも綺麗とは言えず、退色し色褪せた赤いビニールのシートは何故なんだろうと、考え込んだものでした。
その後、我が家の車が「中古車」によって代替されたため、普段乗っているバスも「中古車」であることがようやくわかるようになり、今思うとそのときから自分にとっての「とんでも鑑定団?」の始まりとなりました(笑)。花巻バス本社に留置されていた帯色が山吹色で整備前の車(社名表記部分は剥がされていた)…「図鑑で見たカラーと同じだ!」。さらにその後、通学時に乗った「花巻バス・譲受車・ワンマンバスカラー」車輌、いつもの通りすし詰め状態で身動きの取れない車内で何の気なしに視点に入った中扉上部の「乗車約款」、その長文の最後には「神奈川中央交通株式会社」・・・「神奈川で使っていたバスだ!」。図鑑の写真の謎が解けた一瞬でした。

今回のバスカラーの変遷・バラエティを見ていると今まで気が付かなかった細かいところの違いもあり、改めてふり返るいい機会だったと思います。

http://ihatovbus.mints.ne.jp/index.html

Re:更新後記(2020.11.1)

#2162名前:管理人時刻:2020-11-11 22:32:19返信報告:報告

オペレッタ601号さん、こんばんは。
リアルでこれらの時代を見ていたんですね。
新しく入った車両なのに、すり切れた座席・・・その疑問、よく分かります。
車内の張り紙というと、先月盛岡に行ったとき、三菱ふそうのバスに乗ったら、中ドアに「ICカードは乗車時と下車時にタッチしてください」(だったかな?)というシールが貼ってあり、「Suica地域カード、もう入ったんだっけ??」と思ったら、最後にPASMOとか書いてありました。
こんなのを見て、とんでも鑑定談を地でやっていた30数年前を思い出して、苦笑いしました。

国際興業や神奈中のバスの載った図鑑とやらも魅力ですね。
小田急バスなら羽後交通に、都営バスなら岩手中央バスの色違いに見えたことでしょう。

その頃の箱根登山鉄道です。

#2156名前:のむ時刻:2020-10-24 10:03:20返信報告:報告

日野RE100だと思うのですが、オーバルヘッドライトのまま現役でした。大手バス会社で研修中ベテランとの雑談でこのヘッドライトのことが出ましたが「どこ照らしてるかわかんないんだよう」という愚痴を聞きました。撮影場所は伊豆箱根鉄道大雄山線、大雄山駅前です。大雄山線の撮影がメインだったので1枚しか撮らなかったのを後悔しています。次車もオーバルでした。

Re:その頃の箱根登山鉄道です。

#2157名前:管理人時刻:2020-10-24 21:24:00返信報告:報告

のむ様、こんばんは。
確かに、箱根登山鉄道は、遅くまでオーバル型ヘッドライトのままでしたね。
オーバル型ヘッドライトは、登場時のカタログを見ると、「照射範囲が広く、夜間走行の見通しは抜群です」と書かれています。
ベテランドライバーが愚痴をこぼすということは、結果的に広い照射角が照射対象を曖昧にしてしまったということでしょうか。
結局、多くのオーバル型ライトが普通の2灯に改造されたことが、それを物語っていますね。

この時代の大雄山線を撮りに行っていたのですか。17m国電がいた頃ですね。
伊豆箱根鉄道の大雄山駅前は、箱根登山鉄道のバスでは関本という名称でした。
西武グループ×小田急グループということで、お互いに何も譲らずにいた時代でもありました。

Re:その頃の箱根登山鉄道です。

#2158名前:のむ時刻:2020-10-29 11:00:22返信報告:報告

東京都青梅市にあった葵工業のストックヤードで撮った写真です。多分RL100だと思うのですが。

Re:その頃の箱根登山鉄道です。

#2159名前:管理人時刻:2020-11-01 15:44:12返信報告:報告

RL100は1970(昭和45)からの製造ですので、初期の車両にはまだオーバルライトが使われていました。
写真の車両は、自家用なので、特に改造もされずに残ったのでしょう。
右の車両は、社名表示窓が五角形で、これも時代を反映していますね。

上田交通。

#2146名前:のむ時刻:2020-10-18 08:16:40返信報告:報告

上田交通、上田駅のはずれにあった廃車2台です。上田駅高架化で片されてしまったようです。
4R94とMR510と引越しの時に捨ててしまった手帳にあった記憶が。あと5RAが1台。画像が見当たらなくなっているのですが。

Re:上田交通。

#2147名前:のむ時刻:2020-10-18 08:17:10返信報告:報告

本文なし

Re:上田交通。

#2149名前:管理人時刻:2020-10-18 18:48:45返信報告:報告

この辺の車両がまだ置いてあったんですね。
1990年代まであったんでしょうか。
日産ディーゼルは確かに4R94ですね。
三菱は、窓一つ分長いMR410のようです。
このペアが、山の方にそのまま2台並んで置いてありましたが、最近撤去されたそうです。

千曲バス

#2140名前:のむ時刻:2020-10-15 06:47:37返信報告:報告

軽井沢駅から少し見えた物件です。日産のボンネットバス。
最初三菱に見えて張り切っていったら日産でがっかりと。
写真に撮っていないのですが同型3代目だったので。
形式は日産は詳しくないので。ボンネットに乗るゼブラミラーは隣のダンプのものです。今のアウトレットパークのあたりでしょうか。200mmズームでバスかな?というくらいでした。

Re:千曲バス

#2141名前:のむ時刻:2020-10-15 06:48:32返信報告:報告

ちょっと離れて。

Re:千曲バス

#2142名前:のむ時刻:2020-10-15 06:51:06返信報告:報告

後ろから。撮影はグレーのBTと同じ日です。

Re:千曲バス

#2143名前:のむ時刻:2020-10-15 06:57:43返信報告:報告

後ろから。撮影はグレーのBT同じ日です。

同一写真を投稿しました申し訳ない

Re:千曲バス

#2144名前:管理人時刻:2020-10-16 22:08:37返信報告:報告

のむさん、こんばんは。
軽井沢駅近くにあったんですね。
そうすると、もしかして、これがその後、福山自動車時計博物館に運ばれて、千曲バスカラーでレストアされたその車両ではないでしょうか。
今は、劇用車か何かになっているそうですが。

Re:千曲バス

#2145名前:のむ時刻:2020-10-17 01:22:54返信報告:報告

福山自動車時計博物館はこれとは別な車ですね。このほかに信越本線沿線2台と、国鉄バスの白樺湖へ行く路線沿線に1台同じ車種がありました。下車して撮影したのはこれだけですが。

Re:千曲バス

#2148名前:管理人時刻:2020-10-18 18:46:11返信報告:報告

これは保存車とは違う車両だったんですね。
同じような廃車体がそんなにあちこちにあったとは、当時は、ドライブしていても楽しかったでしょうね。

諏訪バスのこと。

#2136名前:のむ時刻:2020-10-14 05:55:33返信報告:報告

いすゞのボディーで雨樋の部分まで窓を広げたバスの写真があります。珍しいと思うのは私だけかな?
逆光でかなり見ずらくて申し訳ない。
岡谷だとFacebookにのせた時に指摘をもらいました。1985年くらいだったと思います。

Re:諏訪バスのこと。

#2139名前:管理人時刻:2020-10-14 22:29:04返信報告:報告

のむさん、こんばんは。
川崎ボディの観光タイプには、このような路線バスの窓を大きくしたタイプと、丸形のオバQの2種類がありました。
オバQの方がメジャーなので、こっちは見慣れない人もいると思います。
1985年までは現役だったんですね。
私も同型車を、1977年に、中学の泊り旅行で撮っていました。霧ヶ峰の強清水だと思います。ナンバープレートが427なので、同一ロットだと思います。
観光型ですが、よく見ると、路線に使うために後ろドアを増設しています。
もっとも、諏訪バスでは前乗り前降りでしたが。

諏訪バス336号

#2130名前:ポンコツ屋 赤木時刻:2020-10-07 13:22:23返信報告:報告

更新お疲れさまです。
廃車体全国版の諏訪バス(諏訪自動車)の、前面表示器つきBR20には驚きました。

今まで遠巻きに後部を眺めるだけだった336号の前側もアップされたので、元気だった頃の似たようなショットを投稿します。私にとっての諏訪のイメージは、まさにこの車です。
昭和63年8月22日、記事解説にある通り岡谷本線で使われていました。
10台のうち半数くらいは廃車体として点在していたようですが、もはや全滅寸前と思われます…

更新後記(2020.10.7)

#2131名前:管理人時刻:2020-10-07 22:09:00返信報告:報告

ポンコツ屋 赤木様、こんばんは。
ちょうどいいので、このスレッドを更新後記にさせていただきます。
諏訪バスの前面表示窓、なぜついているんでしょう。「諏訪自動車」と表示して、会社名をアピールしたのかも知れません。
さらに、おでこの3連標識灯が、速度表示灯のように緑色なのも、よく分かりません。これで走行したら、それこそ「類似の灯火類」になってしまいます。

さて、ここでお見せするのは、赤木さんが撮影してから数か月後、なぜか諏訪盆地を離れて、家屋の建設現場に置かれた336号です。
この廃車体、しばらくしてから姿を消しましたが、30年後に、現存情報を頂くとは、思ってもいませんでした。
同型車の廃車体は、確かに他にもあったような気がします。茅野~上諏訪間の中央線の窓から見えるところにもありましたね。

Re:諏訪バス336号

#2132名前:管理人時刻:2020-10-08 19:40:37返信報告:報告

ポンコツ屋 赤木さんの写真に突っ込みを入れるのを忘れていました。
後ろにいるのは、北村ボディの観光タイプではありませんか。1988年時点でも、日本全国探しても諏訪バスくらいでしか出会えなかった希少車です。
こんなバスが、観光客を満載して、蓼科山やビーナスラインを駆け回っていたわけです。
そして、左側に見える茅野駅ビルに「Mont-8」という愛称がついているので時代を感じてしまったのですが、調べてみたら、今もその名前のままなんですね。
もっとも、テナントは、地方の特急停車駅では定番となった全国チェーンの居酒屋が入っていて、「茅野駅、お前もか・・・」と思ってしまいました。
また、バスのりば側の商業ビルは、当時新築間もない「ベルビア」で、1階には「スワバスマイム」という食品スーパーが入っていました。
「スワバスマイム」は、松電商事の経営で、市中にある松電ストアの名前を変えただけですが、当時は、何か新しい時代を模索しているように感じたものです。

Re:更新後記(2020.10.7)

#2133名前:ポンコツ屋 赤木時刻:2020-10-12 11:45:49返信報告:報告

本題のおデコ三連緑マーカー、そもそも車検に通らない代物だと思うのですが、その辺は緩かったのかもしれませんね。
あり合わせのレンズをつけてしまったのかな?と、その程度の気もします。
他社の昔の写真では見たことがありません。
本来は路線車なら濃い青、貸切は橙や黄色でしょうか。

336号が廃車体になってから一度お引越しした話は、その場面を目撃した方から聞いたことがあります。
同じような例をたまに聞きますが、埋もれたり足回りが固着していない、まだ若い廃車体なればこそだと思います。それが自走移動なら最高です。

スワバスマイム前にて、私が勝手に「北村オバQ」と名付けた貸切転用車を一枚アップします。
同型は何台かあったのでしょうが、すぐ近くに車庫があることを知らずに、すっかり満足して帰ってしまったのでした。

Re:更新後記(2020.10.7)

#2138名前:管理人時刻:2020-10-14 22:23:22返信報告:報告

336号が移動する瞬間を見た人がいたんですね。

スワバスマイムのロゴの左にあるのは岡島百貨店のロゴ。ここには、甲府の岡島百貨店がキーテナントだったので、茅野あたりはやっぱり甲府の経済圏なんだと思ったものです。
ちなみに、駅からちょっと離れたところには、甲府市のスーパーオギノもあります。

私がこの北村を見たのは、赤木さんのちょっと後の初冬の頃です。
ビーナスラインを行く三菱B8(一部の人がタラコと呼ぶ車両です)に乗って行ったら、反対側をこれが来たので、慌てて撮りました。カメラの位置から考えて、タラコの車内から撮ったんだと思います。

府中市の交通公園のバス。

#2119名前:のむ時刻:2020-09-25 01:19:54返信報告:報告

写真を整理していたら出てきました。交通公園のバス1号車でしょう。いすゞのBRでしょうか。府中市の自家用転用だと思われます。府中市は2台ほど常に自家用バスを持っていたようで、市のツアー学校行事などに使用していました。セレガ2台の車検が切れ、排ガス規制にかかるところで使用停止、代替えのバスは入りませんでした。10年位前のことです。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2120名前:のむ時刻:2020-09-25 01:20:46返信報告:報告

リアスタイル。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2121名前:管理人時刻:2020-09-25 22:55:28返信報告:報告

のむ様、こんばんは。
いすゞのBR20ですね。1963(昭和38)年式くらいなので、1970年代初めに廃車になったここに置かれたんでしょう。
この写真の撮影も、1970年代でしょうか。
東武っぽい色なのが面白いですね。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2122名前:のむ時刻:2020-09-26 22:47:25返信報告:報告

日付入ってませんでしたね。ネガの順番から82年ころと思われます。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2123名前:管理人時刻:2020-09-29 22:43:23返信報告:報告

1982年にはまだあったんですね。
いつ頃までこの車両だったんでしょうか。
私がこのサイトを始めてから、気付いてみたら、京王のいすゞキュービックLVの3扉車に代替されていました。
その間に別の車が置かれていた時期もあったのでしょうか。

「公園のバス」のコーナーで、使用させていただきたいと思います。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2124名前:元埼玉のバスfan時刻:2020-09-30 00:20:32返信報告:報告

[2123]管理人様
 良からぬ質問かもですが、この車、日野車体か帝国車体でしょうか。川崎でしたら、独立3枚窓形態がこうではないのでは?、と疑問を持ちました。
他、前面の方向指示器が内側へ寄っているのも、前面窓のコーナーカーブが緩いのも、川崎ではないと思わされる点でした。実際はどこの車体でしょうか。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2125名前:管理人時刻:2020-09-30 22:25:19返信報告:報告

このボディは帝国自工です。
丸いお尻で3枚窓というのは、主に3メーカーで、真ん中の窓の幅を見ると、大体メーカーが分かります。
ここで添付した写真を見て頂ければ、分かるでしょうか。
左から、五十音順で並べましたが、真ん中の窓の幅も、左から順に細くなっていきます。帝国ボディは、最も狭くなっています。
これ以外のボディ、富士重工、呉羽自工、三菱自工、北村、西工などは、2枚窓が主になります。

なお、元埼玉のバスfan様。
多くの書き込みで見受けられる書き出しですが、もし本当に「良からぬ質問」だと思うなら、書き込みはしないことです。
公序良俗に反するとか、非常識な質問であるとご自分でお思いなのですか?
ごく普通の質問に対して、あまりご自分で卑下されると、話し相手になる方も辟易してしまいます。
普通にお話ししませんか?

Re:府中市の交通公園のバス。

#2126名前:元埼玉のバスfan時刻:2020-10-01 00:44:58返信報告:報告

[2125]管理人様
> このボディは帝国自工です。
> 丸いお尻で3枚窓というのは、主に3メーカーで・・・

 詳しい御教示有難う御座います。
 質問の如何に因って、例えば「このサイトの・・・・に説明してあります。」等の事が有ると、反って失礼になってしまうのを懸念していました。
未だにパソコンが苦手な私ですので、恐れながらの事ですいませんでした。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2127名前:管理人時刻:2020-10-01 07:53:24返信報告:報告

元埼玉のバスfan:様
それは失礼いたしました。
サイトのページ参照をお願いするのは、「ここに書いてあるから、それ見りゃ分かるだろ!」と言っているわけではなく、「ここを見たほうが分かりやすいので、どうぞ」という意味です。
掲示板で長々書くより、一目瞭然のページがあるときはそうしていますので、お許しください。
今回のように、似たようなスタイルを見分ける方法、みたいな部分は、サイト内には書いてありませんでしたので、今後の課題です。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2128名前:のむ時刻:2020-10-02 18:19:21返信報告:報告

返事遅れました。しばらく写真やバス電車といった趣味をやめて、車にすべてをつぎ込んでいた時期があり、最後のバス写真は軽井沢バイパス工事現場にあったBTか小平車庫にナンバーを取られて並んでいたMR410か。それからの間はすっぱり抜けているので、このバスの運命は残念ながらわかりません。
運転手として戻ってきたあたりから復活しています。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2129名前:管理人時刻:2020-10-04 16:46:14返信報告:報告

のむ様、こんばんは。
今は運転士をされているんですね。
軽井沢バイパス工事の現場にあったBTというのが気になります。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2134名前:のむ時刻:2020-10-14 05:47:24返信報告:報告

気になりましたか。フロントリアとも上げておきます。鉄道ファンの有人が私が入バスばかりを取るので、ぐずってしまい細かいことを見ることができませんでした。リアはバス協テールに交換されていたようです。

Re:府中市の交通公園のバス。

#2135名前:のむ時刻:2020-10-14 05:49:47返信報告:報告

リア。すでに1980年代前半に撤去済みです。軽井沢駅からレンタサイクル15分といった所でしょうか?

Re:府中市の交通公園のバス。

#2137名前:管理人時刻:2020-10-14 22:14:44返信報告:報告

いい感じですね。
確かに、1970年代には、道路っぱたとか工事現場とか、こんな古いバスが平気で置かれていた記憶があります。
前ドアの路線バスは、当時はそんなに珍しくはなかったのですが、このあたりだと、草軽交通とかが考えられるでしょうか。

更新後記(2020.9.24)

#2118名前:管理人時刻:2020-09-24 20:59:10返信報告:報告

岩手県交通のカラーバラエティは、“その頃”に存在したカラーについては、これまでに写真版で掲載しておりましたが、その前身各社にさかのぼるのは、資料も少なく、なかなかできていませんでした。
もちろん、写真もありません。
そこで、結局、イラストにしてしまえ、という捨て身の作戦で、今回のイラスト版をスタートさせました。
初回の岩手中央バスは、都営バスカラーとブルーリボンカラーとが、一時期共存していたようですが、出現時期などは写真資料が少ないので、よく分かりません。
この都営バスカラー、本家の都営バスが復刻カラーを登場させ、21世紀の東京でその姿を見ることが出来たのですが、意外に上品なカラーで評判も良かったようです。
昭和20年代当時は、街の色彩も今とは比べ物にならないくらい落ち着いており、この色が、より洗練されて見えたのかも知れません。
復刻カラーの都営バスが、そのまま岩手県に来て走ってくれればいいのに、と思いながら撮影した2016年の写真です。

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