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80s岩手県のバス“その頃”掲示板

古いバスのこと、昔のバスの想い出、岩手県のこと、新幹線の看板などの掲示板です
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更新日報(2020.5.16)

#2045名前:管理人時刻:2020-05-16 20:35:22返信報告:報告

テレビのバラエティ番組も、過去の名場面の編集で構成してたりしますし、ドラマも再放送流したりしています。
こっちは、もともと過去ネタで作っているので、不自由はありませんが、最近始めたバスカタログの聖地巡礼は、やはり巡礼できないジレンマに陥りました。
そこで、パンフレットと、撮りためておいた写真での構成です。
一部に4月の写真がありますが、2019年の撮影ですので、ご心配なきように。自粛ポリスの方にお伝えしておきます。
特に新宿副都心は、バスカタログの撮影では定番の場所で、複数のカタログに対応できるようにしておきました。
そんな昨年の都庁周辺の桜をここでお見せしておきます。

Re:更新日報(2020.5.16)

#2046名前:左党89号時刻:2020-05-20 06:27:50返信報告:報告

今回のTOP写真の渋民~好摩ですが、「東北本線」であったころはよく撮影に行っていました。
花輪線からの乗り入れがあるとはいえ、運転本数がかなり減ったことや、貨物列車以外に長い編成がなくなったということもあり、最近はこの付近で撮ることが少なくなっています。

時刻表を見ると、「北斗星」の廃止により東北本線を走る特急は、東武乗り入れ関係の久喜以南・常磐線「ひたち」が走る岩沼~仙台を除くと皆無となってしまいました。

写真は東北本線最後の夏に運転された土浦発青森行き臨時特急「青森ねぶた号」です。
E653系の編成ごとに異なるカラーで、iMacになぞらえて「i653系」と揶揄されていたのも「過去の世界」になってしまいました。

Re:更新日報(2020.5.16)

#2047名前:管理人時刻:2020-05-21 20:31:39返信報告:報告

左党89号さん、こんばんは。
あそこを「フレッシュひたち」の電車が走ったんですね。編成ごとに色を変えるというのは、沿線の馬橋から分岐する総武流山電鉄がだいぶ前に始めている手法ですが、私としては、揶揄なんかよりセンスを褒めたい電車の一つでした。
ところで、特急街道でもあった東北本線も、もう特急列車がほとんど走らなくなっているんですね。
ここで添付したのは、その頃の583系「はつかり」です。東北新幹線が盛岡まで開通していたので、運行区間も編成も短くなった後ですが、まだ十分貫禄がありました。
木がこんもりしている場所は、左党89号さんの写真と同じところでしょうか。
ここは、西に岩手山、東に姫神山を望む場所で、田植えが進むこの季節には、気持ちのいい場所でした。

岩手県交通のボンネットバス

#2040名前:hechtia時刻:2020-05-02 17:56:18返信報告:報告

管理人様こんにちは。
画像無しで大変恐縮ですが、岩手県交通のボンネットバスに関しまして。

高校を卒業するまでの間、花巻市に住んでおりました。
小学生の頃、通学経路の一部、天下田住宅団地~野田十文字の区間でバスに乗ってました。
当時、運賃は片道70円(回数券)だったと思います。

下校の際、小学校5年生~6年生の間で2度(いや、1度?)野田十文字バス停にて、天下田住宅団地行きでボンネットバスに乗った事を覚えております。
小学校5年生~6年生の間なので1986年~1987年だと思います。季節は分かりませんが真冬ではなかったと思います。
下記リンク先のどの車両か覚えてません。
バス停に止まりドアが開いた際、乗っていいのかなとドアの前で皆で固まってた事は覚えてます。
ああバスが来る ⇒ 何だ違うバスだ ⇒ あれ?停まった ⇒ ドア開いた。乗れるの?....といった感じでした。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/vehicle/kenkotsu/bonnet/bonnet.html

3台有る内の1台だったのですね。

Re:岩手県交通のボンネットバス

#2041名前:管理人時刻:2020-05-02 22:59:29返信報告:報告

hechtiaさん、こんばんは。
岩手県交通のボンネットバスに通学で乗ったのですね?
それは貴重な体験で。
もっとも、1986~87年に存在したボンネットバスは、いずれも観光用で、普通の生活路線には入らないはずなんですよ。
そもそも花巻地区にはいませんでしたし。あえて言えば、1987年の冬に「新雪号」として鉛温泉には使われていますが・・・。
何かの都合で、「新雪号」のバスが、通りかかったとか、代車がなくてそれが来ちゃったとか。
さらに10年前でも、花巻地区にボンネットバスは残っていなかったと思われますので、年代の思い違いではないと思いますから、ちょっと不思議な出来事です。

Re:岩手県交通のボンネットバス

#2042名前:とまります時刻:2020-05-03 14:54:09返信報告:報告

hechtiaさんはじめまして。
hechtiaさんがバス通学をされていたまさにその頃、私も同じ道路を自転車で通っていました。
(通っていた小学校の学区から松園地区が分離されたのを覚えている世代です)
外観が非常に特徴的なボンネットバスを見誤ることは無いとは思いますが、
あるいは、もしかすると↓の上のバスとも違うでしょうか。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/vehicle/kenkotsu/trunk/chuo.html
このバスなら、86年夏頃に松園地区で見かけていますし(花巻温泉→賢治詩碑行だったと思います)、
笹間方面の路線にも使われていました。

間違いなくボンネットバスだったら、大変貴重な経験で羨ましい限りです。
沿線に住んでいて、同じ道路を通っていながら見れなかったのが実に悔しい!(笑)。

Re:岩手県交通のボンネットバス

#2043名前:53時刻:2020-05-08 23:18:07返信報告:報告

こんばんは
25年位前に聞いた話なのですが、上司の嫁さんが岩手出身で、学生時代、県北バス通学しており、季節はわからないある日の朝、「普段のバスとは違う変な前が出っ張ったバスが来た。乗るのに戸惑った」という話を聞いたのを思いだしました。詳しい場所はわからないけど、当時は奥中山に住んでる人でした。
昔話を計算すると時代は1980~82年頃のようです
県北のボンネットですね  大雪だったのですかね?

Re:岩手県交通のボンネットバス

#2044名前:管理人時刻:2020-05-11 22:05:09返信報告:報告

色々な意見がありますが、県北バスでは、ボンネットバスが来ることが実際にあったんですね。
県交通の花巻の件は、ちょっと難しいお題だと思います。
もしかすると、ボンネットバスではなく、花巻バスカラーの「古いバス」が来たというのが、長年の記憶の変化で「ボンネットのある古いバス」に変わってしまったのでは、などとも想像したりしました。
ちょうど1986~87年ごろに、ほとんど県交通カラーに統一され、数少ない花巻バスカラーが、珍しい存在になってはいましたので。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/vehicle/kenkotsu/hanamaki/hino.html

更新後記(2020.5.1)

#2039名前:管理人時刻:2020-05-01 22:16:17返信報告:報告

撮ってあったネタからの更新です。
光が丘団地は、桜が咲くころにもう一度行ってみて、表紙に使える綺麗な写真でも撮ろうかな、と思っていたら、思いもしない方向に世の中が変わって行きました。
全員がマスクをして、レジには防護シートが張られ、学校も休み、会社もテレワークが進み、首長さん自身が「本県に来ないでください」とテレビでメッセージを送る。21世紀というのはこういう時代になるんだな、と段々分かってきました。
写真は、聖地巡礼の光が丘団地バス停のすぐわきにあった「スペイン式庭園」です。
イスラム文化の影響を受けた庭園様式で、アンダルシア地方にあるアルハンブラ宮殿で知られています。パティオと呼ばれる中庭形式が特徴です。
最初光線状態が良くなかったので、時間調整をこのスペイン式庭園で過ごそうかと思いましたが、まだ寒い2月のこと、ちょっと耐えられそうもないので、駅前のSCにあるコーヒーショップに入りました。地元の中高年の方々で混雑していました。
まだ、皆さんが普通の市民生活を送っていた頃でした。

神戸のカラー

#2021名前:匿名時刻:2020-04-12 09:52:56返信報告:報告

神戸在住の者やけど
市バス3タイプの画像を掲載してあるヤツ
デタラメ掲載すんな!!
市バス後部のラインがある画像がないやんけ!!
ライトグリーンとか色もコメントしとるけど
日焼けして濃い緑が薄くなっとるだけじゃ!!ボケ!!
よそモンが知ったかぶりすんな!!ボンクラ!!
よぉ調べろ!!クソ一般人!!
ウチの親は市バスのドライバーじゃ!!

Re:神戸のカラー

#2022名前:管理人時刻:2020-04-12 11:24:12返信報告:報告

こんにちは。
市バスのドライバーの息子さんにしては、常識のない言葉遣いですね。Webでは、街中での口喧嘩や便所での落書きと異なり、書いた事や言ったことが全世界に発信されてしまいますので、ご注意ください。
ご指摘の事項については、よそモンのクソ一般人なりに、調べさせていただいた結果を書かせていただきました。恐らく、下記のページの6-05という項目についてのご指摘と思われます。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/vehicle/extra/coloring/c5-6.html

1953(昭和28)年に採用された最も濃いカラーが、1975(昭和50)年にやや明るくなったという点については、満田新一郎・三好好三著(2005)「昭和30年代バス黄金時代」という本のP116の記述をもとにしました。
1998(平成10)年のノンステップバス導入に合わせてライトグリーンに変更されたという点については、神戸市交通局の公式サイト(下記)をもとに記述しました。
https://www.city.kobe.lg.jp/a69503/kurashi/access/kotsukyoku/bus/syaryou/02_busdesign.html

もしこれらの記述に誤りがあるのであれば、常識的な言葉づかいでご指摘ください。
親御さん自身が、ご自分の職場の情報についての知識をもとにした書き込みでも結構です。

それから、「後部のラインがある画像」については、持ち合わせがありません。確かに、添付していただいた写真のボンネットバスに存在する曲線が過去の車両にあったものの、その後なくなっている点は承知しています。
これについては、いつ、なぜなくなったのか、正確な情報が得られず、記載できませんでした。
この点についても、正確な情報をお持ちでしたらお教えください。

Re:神戸のカラー

#2027名前:匿名時刻:2020-04-20 00:15:40返信報告:報告

管理人様初めまして。初めて投稿させていただきます。
神戸市バスの後部のラインが省略された年代については交通局史等で調べても記述がなく不明です。濃緑からローングリーンさらに現在のライトグリーンへの変更は公式サイトでも述べられているように正確です。
神戸市バス運転士の息子さんへ!
私も神戸市民ですがあなたのような下品な言葉遣いの投稿は非常に不愉快なだけでなく神戸市民としての常識を疑われます。
身内に交通局の方がいらっしゃるなら一般人では不可能な情報が収集できるのではありませんか?これではただ単に自分の父親の自慢をしてるだけで中身がありませんね。

Re:神戸のカラー

#2028名前:管理人時刻:2020-04-20 22:45:45返信報告:報告

20日の書き込みの匿名さん、フォローありがとうございます。
関西の方はみんな、ああいう物言いなのかな、などと思ってしまっていました。

神戸市交通局は、カラーデザインについてWebサイトで説明してくれているだけ親切だと思っています。なかなかそういう事業者はありません。

Re:神戸のカラー

#2029名前:門鉄局時刻:2020-04-21 00:39:11返信報告:報告

管理人様こんばんは。コメントありがとうございます。
名前を記入するのを忘れていました。門鉄局と申します、子供の頃からのバス・鉄道好きで以前からよく拝見させていただいておりました。よろしくお願いします。

神戸市バスのカラーですが手元にある交通局60年史80年史によると昭和28年にまず観光車が濃緑+白の塗装になり、路線車は昭和32年式からのようです。というのは現在保存車である局番123号車(いすゞBX131)は昭和31年式ですが登場時の写真によると旧塗装だからです。後部のラインが省略されたのは昭和40年式からのようで現在のワンステップ車の少し緑が明るくなった塗装は昭和49年の低床バスからでのちに全車に広がったものと思われます。ローングリーン・ライトグリーンの表現ですが局史でも混乱しており(低床バス塗装をライトグリーンの記述がある)現在の公式サイトではノンステップ塗装をライトグリーンとしており、管理人様の分類が一番適切と思われます

Re:神戸のカラー

#2030名前:管理人時刻:2020-04-22 22:55:18返信報告:報告

門鉄局様、こんばんは。
交通局史にも記載があるのですね。
バスのカラーというのは、特に細かな変更は記録に残りにくく、事業者本人でさえ、把握をしていなかったり、記載が間違っていたりということがあります。
特に、今回のような細かい変更については、なおさらです。

これまで、バスのカラーリングについて、体系的に記載した文献が存在しないのは、このようなことが原因ではないかと思っています。つまり「公式的な出典」を出せないのです。
そんなわけで、知りえる情報をもとにまとめたのが、弊サイトの「バスのカラーリング」コーナーです。
今後も、新たに判明する事項などもあると思いますので、皆様のご意見、情報を大切にしたいと思っています。

Re:神戸のカラー

#2031名前:門鉄局時刻:2020-04-24 00:18:19返信報告:報告

管理人様こんばんは!
市バスのカラーについては交通局史を参照しましたが問題の後部のラインについての記述はなく写真による推定ですが40年式(1965)以降廃止で間違いないと思います。
走行中の保存車いすゞBX131の写真ですが、2017年の車両工場公開日に撮影したものです。排ガス規制で車検が取れないので構内走行のみ(ナンバープレートはダミー)ですが元気に走る姿は感動的でした。ちなみに私は腕木式方向指示器(アポロ)が作動するのを初めて見ました。

Re:神戸のカラー

#2036名前:管理人時刻:2020-04-25 22:22:14返信報告:報告

門鉄局さん、こんばんは。
1965年式以降に後部のラインがなくなったということですね。
早めに本文の方に追記させていただきます。
ありがとうございます。

BX131の構内走行場面を見られたんですね。
エンジンが動くコンディションで保存しているというのは、すごいことですね。
腕木式の方向指示器は、この車両は元から付いていた世代ですが、そうでない年代の車両でも、保存車に取り付ける例がいくつかあるようです。
今のウィンカーを見慣れているので、人間臭い動きが新鮮ですね。

Re:神戸のカラー

#2037名前:門鉄局時刻:2020-05-01 12:45:39返信報告:報告

管理人様こんにちは。
市バスカラーについて私の指摘である旨まで追記していただきありがとうございます。
岩手県のバスで興味深いのは前ドアの観光車からセンタードアのツーマン車への改造が大量に行われたことで他府県ではあまり見ない例ではないでしょうか?
関西圏で比較的ワンマン化が遅れた神戸市では昭和51年式までツーマン専用車も導入されましたが、数年で前ドア増設でワンツーマン車に。中ドアを埋め前後にドアを新設した大改造車も見られました。

Re:神戸のカラー

#2038名前:管理人時刻:2020-05-01 22:04:13返信報告:報告

門鉄局さん、こんばんは。
岩手県南バスで多く見られた前ドア→中ドア改造は、ツーマン車同士の改造で、事業者によっては前ドアのまま使い続けた例もあります。
一方、ワンマン化が進む途上では、2ドアにする必要があったため、前ドア車や中ドア車に、ドアを増設するという手法が各地で見られました。その結果誕生するのは前中ドア車というのが一般的な事例だと思います。前ドア車に後ろドアを増設して前後ドアにする事例ももちろん見られました。
門鉄局さんのおっしゃる神戸市営の例は、中ドアを埋めて前後ドアにしたという点で、面白いですね。

福島県只見町

#2032名前:ゾルピデム時刻:2020-04-24 20:10:18返信報告:報告

元東京都交通局の日デK-U36K-AR。
昭和55か56年式。新車時は黄色に臙脂の塗装。
車番などは不明。結構前からある。

福島県只見町2

#2033名前:ゾルピデム時刻:2020-04-24 22:29:16返信報告:報告

画像が1枚しか投稿できないので。
その2

福島県只見町3

#2034名前:ゾルピデム時刻:2020-04-24 22:30:21返信報告:報告

画像3

Re:福島県只見町3

#2035名前:管理人時刻:2020-04-25 22:12:37返信報告:報告

ゾルピデムさん、画像ありがとうございます。
サイト内で使用させていただくかも知れません。

更新後記(2020.4.15)

#2026名前:管理人時刻:2020-04-15 22:37:02返信報告:報告

4月というのは、日本各地で桜が咲いたりしているのに、岩手県ではまだ雪がたくさん残っていて、5月に入る頃になって、ようやく桜が咲いて、というのが”その頃”の気候でした。
新学期とか新年度が始まってすぐに花見の時期が来るより、ある程度新しい仲間と馴染んだ頃に花見の時期が来る方が、有意義な花見ができると感じました。
まあ、日本は縦に長いんだな、ということを実感する現象なのです。
次回の表紙写真は、桜の画像でも探そうかと思っています。もちろん、過去の写真からです。

家にいて、読書とかをしながら過ごすのがいいんでしょう。
昔読んだ星新一の「午後の恐竜」という小説が読みたくなりました。

県北バス盛岡市内線

#2004名前:左党89号時刻:2020-01-28 21:33:20返信報告:報告

こんばんは。
表題の路線はたしか「その頃」に開設されたと記憶していますが、開設に当たっても路線が重複する県交通の厨川中央線との調整が難航したという報道も見た記憶があります。
巣子地区の人口増や盛岡駅前乗り入れが実現したほか、1989年に盛岡大学キャンパスの砂込移転、1998年の県立大学開学といった要素で、バスセンター発着系統に関しては厨川中央線には及ばないものの当時に比べると本数がかなり増加しました。

一方、開設当初の市街地側終点はバスセンターからR106を進んだ川目となっていますが、現行の時刻は平日のみ運転で夕方の1往復となっています。(106急行とルートは同一ですが免許維持と等しいかもしれません)

このように「川目」の行先表示を見ることも難しくなりましたが、ワンステップやノンステップの2扉車が増加した中で今でも残る高速車転用車両を使ったシーンが先日撮影できました。

Re:県北バス盛岡市内線

#2005名前:管理人時刻:2020-01-29 21:15:36返信報告:報告

左党89号さん、こんばんは。
おっしゃる通り、県北バスの盛岡市内線は、その頃に開通しています。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~iwate/diary/kawame/index.html
郊外線主体で、盛岡駅にもほとんど乗入れていなかった県北バスが、既存免許路線を使いながら、新しいチャレンジを始めたのがこの路線でした。
運動公園線と滝沢川目線の2路線があり、新車の中型バスが投入されたのには興奮しましたが、やはり当時から八幡平系の観光タイプが入るダイヤも多く、「乗り得」な市内線でした。
川目は、当時から「どうして?」と思うような行き先でしたが、県交通の簗川線にぶつけたんだろうと想像しています。

今は、トイレ付きのエアロが入ることもあるんですね。
路線バスと言うと、詰め込み主義の車両で、椅子も十数分の乗車が限界という作りが主流ですが、本来、乗用車などの居住性を意識して改良を重ねるべきだと思っています。
県北バスは、昔からワンランク上の路線バスを導入している印象がありますが、まだそのDNAは生きているんだな、と思いました。

Re:県北バス盛岡市内線

#2019名前:左党89号時刻:2020-04-11 00:36:13返信報告:報告

古いスレッドのレス失礼します。
表題の系統で触れた「川目」ですが、4/18に実施のダイヤ改正でついに廃止となります。
平日1往復だけという点から判断しても役目を終えたに等しい状況だったのでしょう。

Re:県北バス盛岡市内線

#2023名前:管理人時刻:2020-04-12 11:58:08返信報告:報告

左党89号さん、こんにちは。
川目もそうですが、滝沢駅もなくなるように書いてありますね。
盛岡市内線の一つ、「滝沢川目線」の両端が消滅ということでしょうか。
まあ、乗合事業も規制緩和されて、かつての陣取り合戦みたいなことが必要なくなったため、無駄な路線免許維持はしなくていいわけで。運転士不足の中で、仕方のない判断なのかも知れません。
公式サイトの中の記載で、
「八幡平頂上行のアクセス便の新設・廃止を行います。」
というのは、何を意味しているのでしょう?

Re:県北バス盛岡市内線

#2024名前:とまります時刻:2020-04-13 20:37:52返信報告:報告

こんばんは
>八幡平頂上行のアクセス便の新設・廃止を行います
ダイヤ変更後の時刻表がUPされていますが、盛岡-分れ-田頭-八幡平頂上の直通便を廃止し、
アスピーテライン方面は全便「さくら公園」で乗り換えとなりました。
新設されるのは、「さくら公園」で盛岡からの「八幡平自然散策バス」に接続するアスピーテライン経由便のことのようです。
盛岡からの直通便はアスピーテライン経由で、これが廃止になったので茶臼岳や黒谷地湿原に向かうハイキング客の便を図ってのことでしょう。
運行本数は全く違いますが、盛岡から1時間ごとに頂上と温泉郷方面に1本ずつ運行していたものを1時間ごとにどちらかに直通する便とし、
交通センターで直通しない方面へのバスが接続するかたちに改めた88年の夏ダイヤを連想します。

ダイヤ変更後の時刻表を見ると、朝一の松川温泉行に乗ればさくら公園で頂上行が接続するようなので頂上~(徒歩)~後生掛温泉
~焼山~玉川温泉へ日帰りで歩けそうで、個人的には有り難い変更となりました。
(松尾鉱山資料館からさくら公園までは徒歩になりそうですが)

Re:県北バス盛岡市内線

#2025名前:管理人時刻:2020-04-14 21:33:11返信報告:報告

とまりますさん、こんばんは。
盛岡から八幡平頂上まで直通するのは八幡平自然散策バスが1往復あるのみで、それも樹海ライン経由だということですね。
“その頃”には樹海ラインなんてなかったので、「アスピーテラインを通らずに八幡平頂上に行く方法?」と思ってしまったのです。
当時は、盛岡バスセンターから1時間に1本くらい「急行八幡平頂上経由八幡平蓬莱荘行」が出ていました。その八幡平蓬莱荘も廃業となり、今は単なる蓬莱境。八幡平スキー場は御在所、そして、八幡平リゾートホテルは八幡平マウンテンホテル、と読み替えればいいと分かったので、だいぶ理解が進みました。
東八幡平交通センターがなくなったので、乗換拠点も、分かりにくくなってしまいました。
当時の「HW急行八幡平蓬莱荘行」は、盛岡駅のロータリーに入る県北バスの数少ない路線で、他の路線とは別格の貫録を感じたものです。

神戸のカラー

#2020名前:匿名時刻:2020-04-12 09:50:04返信報告:報告

神戸在住の者やけど
市バス3タイプの画像を掲載してあるヤツ

デタラメ掲載すんな!!
市バス後部のラインがある画像がないやんけ!!
ライトグリーンとか色もコメントしとるけど
日焼けして濃い緑が薄くなっとるだけじゃ!!ボケ!!

よそモンが知ったかぶりすんな!!ボンクラ!!
よぉ調べろ!!クソ一般人!!

ウチの親は市バスのドライバーじゃ!!

更新後記(2020.4.1)

#2018名前:管理人時刻:2020-04-01 23:19:23返信報告:報告

あえて4月1日の更新というタイミングでしたが、1984年の三陸鉄道開業から、今日で36年目になります。
そして、同時に、幾多の困難を経て、再び全線での開業を迎えたという時期でもあります。
ちょうど、この掲示板でもお世話になっている岩手県の主力WEBサイトである左党89号さんとオペレッタ601号さんのサイトも、トップ画像に三陸鉄道を据えています。36年という時を経ながら、常に県民の希望の星となっていることが、よく分かります。

三陸鉄道は、「第三セクター」という言葉を身近なものにしました。
また「マイレール意識」という言葉も、三陸鉄道のためにあるような言葉です。
国鉄の特定地方交通線の代替による鉄道から始まり、新幹線の並行在来線など、様々な第三セクター鉄道がこの36年間に誕生しました。しかし、三陸鉄道ほど、地域の活力に支えられている鉄道はないんじゃないかと思います。

結果的に36形が登場して36年目という洒落にもなってしまったのですが、これは飽くまでも結果論ということで。

更新後記(2020.3.19)

#2017名前:管理人時刻:2020-03-19 22:28:44返信報告:報告

新型コロナウイルスの影響で、日本は、というか世界は、これまでにない状況に直面しています。
バスカタログ聖地巡礼とか、紀行文を書くとか、そんなことを言っている場合ではなくなっています。
そんな中での更新ですが、今回のバスカタログは、表紙の場所が不明です。
右側の茶色いビルは、7階建て以上のどっしりしたビルで、生命保険会社とかのビルによくありそうな感じですが、玄関のヒサシがバスで隠れていて、社名は見えません。1982年時点では、新しいビルだったのかも知れません。
奥のビルは、1970年代にありがちな作りに見えます。
ビルの形状に詳しい方のコメントをお待ちしています。
ほかにも、街灯の形状にも、その筋の専門家がおられるのかも知れません。
一つヒントになるかと思ったのが、街路樹に巻かれた冬囲いです。主に寒い地域で見られるものです。葉っぱは緑に色づいているにもかかわらず、幹のかなり上まで冬囲いのムシロが巻かれています。
ただし、冬囲いは東京などでも見られるようなので、これが場所のヒントになるかどうかも、今のところ曖昧です。

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