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バンドとしてのZARD考

#3024名前:stray時刻:2010-04-29 14:36:30返信報告:報告

皆さんこんにちは。
たまには研究所らしい話題を(笑)。

ウィキペディアによると、ZARDとは

『作詞・ボーカルを務めていた坂井泉水を中心とした日本の音楽ユニットである。
レコーディング時のメンバーは坂井以外は楽曲毎に入れ替わっており、
実質は彼女のソロプロジェクトとなっている。
そのため、坂井泉水自身と同義に用いられる場合もある。』

と記されている。
これは間違いではないものの、初期の一時期はメンバーが固定された
バンドであったこともれっきとした事実である。

ZARDというバンドの崩壊が、
①1992年10月の1stコンサートが幻に終わったこと
②「負けないで」のPVが存在しないこと
③1993年2月を最後に、TV出演がなくなったこと
に直結している
ということを検証してみたいと思います。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3025名前:stray時刻:2010-04-29 14:38:05返信報告:報告

ウィキペディアには、

2ndアルバム『もう探さない』から3rdアルバム『HOLD ME』までは
ギター・町田
ベース・星
ドラム・道倉
キーボード・池澤
の名前が表記されている。
2nd アルバム『もう探さない』のブックレットには他メンバーの写真も掲載されており
(ただ白黒のうえ顔がはっきり分からない)、ZARDはバンドであった。

とある。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3026名前:stray時刻:2010-04-29 14:41:21返信報告:報告

私は泉水さん以外に興味ないので(笑)、
上に写っている人物がホントに町田・星・道倉・池澤の
面々かどうかは知らないのだが、
ZARDが「泉水さん+男4人」のバンドであったことは間違いない。

これは『もう探さない』のブックレット裏表紙の別ver.だが
左から2番目の人物の首の長さや、いちばん右側の人物の左腕が
いかにも不自然で、顔は全員潰れていることから、合成写真だと思われる。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3027名前:stray時刻:2010-04-29 14:43:19返信報告:報告

この5人でTV出演したのは、3回だけである。
・Mステ1回目 1992.8.7
・Mステ2回目 1992.8.28
・サウンドアリーナ 1992.9.9

これはサウンドアリーナのキャプチャで、
全員モノトーンの衣装で合わせていたのがわかる。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3028名前:stray時刻:2010-04-29 14:45:09返信報告:報告

ウィキペディアには、

1992年10月16日に『ミュージックステーション』に出演して
『IN MY ARMS TONIGHT』を演奏した際には星の姿がなく・・・

とあるが、Mステ3回目(1992.9.18)も4人で出演している。
男性3人すべての顔が確認できるシーンがないのが残念だが、
ここで大事なことは、メンバーが1人脱退したにもかかわらず、
残った4人でTV出演している点である。

もし「ZARDはユニット」という概念がこの時点で有ったとすれば
代役を立てて5人で出演したであろう。
ZARDは、まだ「バンド」なのである。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3029名前:stray時刻:2010-04-29 14:46:53返信報告:報告

これはMステ4回目(1992.10.16)のキャプチャであるが、
一番後ろのシュワちゃんっぽい人物は(笑)、
#3027右から2番目のメンバーが変身したのか?(笑)

私には、サウンドアリーナのメンバーと一致しないように見える。

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3030名前:stray時刻:2010-04-29 14:50:09返信報告:報告

最後のMステ(1993.2.5)のキャプチャ。

いちばん左の帽子を被った人物は、4回目のシュワちゃんじゃない。

つまり、9/18~2/5の間に、さらにメンバーが1人脱退して
3人になったことを意味している。3人で出演となると「あれ?」
と思われるので、代役を立てたのであろう。

急遽中止となった幻の1stコンサートと、「負けないで」の発売日は
この期間に位置しているのである。

(PV編へつづく) しばらくお待ちを(笑)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3031名前:stray時刻:2010-04-29 16:21:55返信報告:報告

ウィキペディアには、

1991年のデビューシングル『Good-bye My Loneliness』の
PVのディレクターだった岩井俊二が、
「ZARDは一人だった」と発言している。

とある。
事実、PVに登場するのは泉水さん一人であり、
バンドメンバーが集まる前の見切りデビューであったことが伺える。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3032名前:stray時刻:2010-04-29 16:22:29返信報告:報告

2ndシングル『不思議ね…』(1991年6月)のPVは、
バンドを意識した作りとなっているが、
TV出演時のメンバーと同じかどうかはっきりしない。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3033名前:stray時刻:2010-04-29 16:23:05返信報告:報告

3rdシングル『もう探さない』(1991年11月)のPVは、
ビルの屋上で泉水さんがバンドをバックに歌っている。
バンドメンバーの顔ははっきりしないが、
ギターはTV出演と同一人物のように見える。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3034名前:stray時刻:2010-04-29 16:25:29返信報告:報告

[3024]の記事は、BEST HIT! 1992年2月号であるから
1991年末頃にメンバーが確定したと考えてよいだろう。

4thシングル『眠れない夜を抱いて』(1992年8月)のPVは
バンド全開!である。メンバーもTV出演メンバーっぽい。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3035名前:stray時刻:2010-04-29 16:26:06返信報告:報告

5thシングル『IN MY ARMS TONIGHT』(1992年9月)のPVは
泉水さんのアップ映像+前作PVの使い廻しであるが、
前作から1ヶ月の極短いインタバルでの発売であり、
凝ったPVを作っている暇がなかったのであろう。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3036名前:stray時刻:2010-04-29 16:27:42返信報告:報告

6thシングルが『負けないで』になるが、前作から約5ヶ月
空いての発売である。当時の売れっ子は「3ヶ月」が一般的
だったので、少し間が空いた感がする。

制作中に何らかのアクシデントが発生したのだろう。
それがメンバーの脱退だったのではないだろうか・・・

7thシングル『君がいない』(1993年4月、
8thシングル『揺れる想い』(1993年5月)
9thシングル『もう少し あと少し…』(1993年9月)
のPVも「ZARDはバンド」のコンセプトで作られている。

『負けないで』以降は泉水さん一人になっているにもかかわらず・・・
である。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3037名前:stray時刻:2010-04-29 16:29:58返信報告:報告

ウィキペディアは、メンバーの脱退時期を次のように推測している。

町田文人(ギター): 『負けないで』(1993年1月27日発売)前後
星弘泰(ベース): 『IN MY ARMS TONIGHT』(1992年9月9日発売)後
道倉康介(ドラム): 『負けないで』前後
池澤公隆(キーボード): 『負けないで』前後

TV出演編で検証したように、ベース・星の脱退時期は
サウンドアリーナ(1992.9.9)後で合っているが、
ドラム・道倉の脱退時期はもっと早くて、
Mステ4回目(1992.10.16)前だとすれば、
5人のうち2人が抜けたバンドは、もはやバンドとして機能しない。

CD制作は可能であっても、コンサートは無理である。
1stライブの中止はバンドメンバーの脱退、それしかない!(笑)

「負けないで」は4月1週目までベスト10内に入っていたので、
2月5日以降もMステからの出演オファーがあったはず。
もう2~3回出演していても何らおかしくない。

おそらく、2月5日以降に残る2人も脱退したのであろう。
泉水さん一人じゃTV出演は無理である。
いや、泉水さん一人で十分なのだが(笑)、
ZARDがバンドである以上それは出来ない相談である。

「負けないで」のPVが存在しないのも、バンドを全面に出した
PVが制作できなかったためと考えれば、すべて辻褄が合う。

以 上

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3039名前:Aki時刻:2010-04-29 18:04:03返信報告:報告

[3025]stray:
> ウィキペディアには、
> 2ndアルバム『もう探さない』から3rdアルバム『HOLD ME』までは
 シングル「IN MY ARMS TONGHT」にもジャケットにメンバー名が明記されています。(「HOLD ME」から僅か1週間後リリースなので当然かもしれませんが…)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3040名前:Aki時刻:2010-04-29 18:13:19返信報告:報告

> 5thシングル『IN MY ARMS TONIGHT』(1992年9月)のPVは

CD100
ttp://www.youtube.com/watch?v=F1LwuYVwfcQ&feature=related
 10月17日33位(まだPVが出来る前です)
ttp://www.youtube.com/watch?v=m0Cf2b2NycI
92年11月7日 18位

「IN MY ARMS TONIGHT」のPVの最初に創られたのがどういう映像だったのかは不明です。(B社の場合は結構、映像が変わりますので…)
 アップで歌われている画像は当時からのようですね。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3043名前:stray時刻:2010-04-29 19:45:09返信報告:報告

Akiさん、こんばんは。

シングルだと『眠れない夜…』と『IN MY ARMS TONIGHT』に
バンドメンバーがクレジットされてますね。

↓のPVが販促PVなのかどうか、私も記憶が定かでありませんが、
http://www.youtube.com/watch?v=wzh_RCFF82A
10月17日のCD100に使われていないようなので、後から作ったものっぽいですね。

泉水さんの髪の毛のカール具合からして、撮影時期は
4回目のMステ出演(1992.10.16)辺りかもしれません。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3044名前:WME時刻:2010-04-29 20:52:56返信報告:報告

所長、Akiさん、こんばんは。
少し議論に参加させてください。

私なりに推測しているところですが、
最初のころは、ポテンシャルを秘めた「坂井泉水」という素材をどうプロデュースするか、ディレクターや作曲家初め製作チームの方々は試行錯誤していたのでしょう。
「Googby my・・・」や「もう探さない」の頃は、後年の相川七瀬のようなロックっぽいイメージを模索していたと思われます。そのために、町田さん初めロックっぽいスタジオミュージシャンを集めてバンド「ZARD」を編成したのだと思います。このバンドは、例えば、「生きものがかり」のように同じテイストの仲間が自らメンバーとして集まったのではなくて、製作側がコンセプトを作って人を集めたもので、そのため、サウンドアリーナでも、泉水さん以外は借りてきた猫のようにおとなしく見えるのだと思います。
そして、「Hold me」のセピア色や「揺れる想い」のブルーの色調を経て今日の「ZARD」のコンセプト、すなわち、「癒し系」「伴走者」「となりの綺麗なおねえさん風」「ビートの効いた明るいポップ」のイメージが製作側で固まってくる中で、ロック調の当初希求されたコンセプトが棄却され、結果、集まったバンドメンバーも解雇あるいは自ら去って行った。また、製作チームの中でそのコンセプトに賛同できない人(例えば、織田さん?)も去って行ったというところではないのかなと、そう私見ながら想像してます。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3075名前:stray時刻:2010-04-29 21:47:58返信報告:報告

WMEさん、こんばんは。

大歓迎です。大いに参加して下さい(笑)。
森高千里のロック版という構想もあったくらいですから、
WNEさんが仰るように、最初はソロかバンドかも含めて
コンセプトが定めきれなかったのだと思います。

製作側がコンセプトを作って人を集めたのは間違いないところで、
バンドの面々が「眠れない夜…」までは納得できたものの、
「IN MY ARMS…」には疑問符が付いたのかも知れませんね。

「IN MY ARMS…」から「負けないで」まで約5ヶ月ありますが、
「負けないで」はアルバム予定曲のシングルカットであって、
別の曲で新曲制作が進んでいた可能性も考えられます。
バンドメンバーの脱退は音楽の方向性の違いによるもので、
それが「負けないで」で決定的になった。

しかし、5人組のバンドであることを公言した以上、途中から
坂井泉水のユニットへの方向転換ができなかった。それゆえ
TVに出ない、コンサートをやらない、という戦術で
バンドとしてのZARDの自然消滅を狙った(笑)、のではないでしょうか。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3077名前:ドルチェ時刻:2010-04-29 21:52:44返信報告:報告

ストちゃん、みなさん こんばんは。
お花見に参加されたみなたん、ありがとうございました。懐かしい方もたくさんいらして、楽しかったですね! メガちゃんもきっと大喜びだったと思います♪

別スレで、goroさんのロス旅詳細レポが今アップされている最中ですね! 
珍しく研究所らしい話題が上がってますので、まずストちゃん所長スレにレスします(笑) goroさん待っててくださいね!
ZARDの新しい話題が少ないからこそ、色んな研究がはかどって、たまにはいいこともありますね(笑)

さて、本題のバンドとしてのZARD考ですが・・フムフムと興味深く読ませていただきました。

> 1stライブの中止はバンドメンバーの脱退、それしかない!(笑)
私も、何故ZARDがテレビに出演しなくなったのか・何故1stライブが中止になったのか、ずっと謎だったのですが、なるほどです。
それ、きっと正解だと思います!(あっさり 笑) 確かに固定メンバーがいないと無理ですよね。
1stライブの中止は、長戸氏がリハのあまりの出来の悪さに激怒して、とかそういう話もありますが、
幻の東海大ライブでは、出来が悪いどころか泉水さんの歌唱力や存在感に圧倒されたと参加者が語ってますので、
長戸氏の噂はホントかなぁ~状態だったのです。

それにしても、1stライブ「HOLD ME」見てみたかったですね~。公式でやっていれば、必ず何らかの記録は残されていたと思いますし。
もし、この説が正解でバンドということに拘ってTV出演やライブを遠ざけてきたのだとしたら、なんとももったいない話ですよね。。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3078名前:Aki時刻:2010-04-29 21:54:12返信報告:報告

> ↓のPVが販促PVなのかどうか、私も記憶が定かでありませんが、http://www.youtube.com/watch?v=wzh_RCFF82A
 前奏の部分の街の風景に「GOOD DAY」のPVの一部が入っていますね。
 写真は恐らく後から入れたのかな?と想います。
(B社では何故か折角出来てる映像に敢えて写真を入れるということをよくします。大黒さんの「DA KA RA」もキチンとPVが出来ていたのにその後のランキングで敢えてジャケット写真を加えるという手法をやっていました。)

ZARDが「バンド」や「TV出演」から今の状態に変わったのは、私は「事務所の移転」や「レコード会社の移転」?と思っています。
 最初の頃ラジオで「未だメンバーに逢っていない」という発言をしたことが話題になりましたね(笑)

 「負けないで」のPVが出来ていなかったのは謎ですね。
大黒さんも「DA・KA・RA」はCD100で1コーラス流れましたが、その後写真が挿入されたものとなり、その後、サビの映像が変わったPV(サビの歌詞が同じなので)が創られたり、「チョット」もリリース直後は写真だけだったのが、その後キチンと制作されたり、WANDS・T-BOLANも発売当初はPVが無く、後年になってPVが制作されたというのがありました。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3080名前:ドルチェ時刻:2010-04-29 22:19:01返信報告:報告

ふたたび、こんばんは(笑) 

> 泉水さんの髪の毛のカール具合からして、撮影時期は
> 4回目のMステ出演(1992.10.16)辺りかもしれません。
「IN MY ARMS TONIGHT」PVでの、ゆるいウェーブ髪の泉水さんのアップの映像は、添付の写真にも似ているとずっと思っていました。
そこで、特に左の写真に注目していただきたいんですけど、これは「眠れない夜を抱いて」PVにカットインされているもので、
もしかしたら、「IN MY ARMS・・」の泉水さんのアップ映像は、これと同じ時に撮った映像なんじゃないでしょうか??
「眠れない夜を抱いて」と「IN MY ARMS TONIGHT」は、発売時期もすごく近いし、どうでしょ??
もうちょっと泉水さんのお顔のアップだけじゃなく衣装まで映っているとどうなのかすぐ分かるんですけど、惜しい!
でも、微妙に同じような丸首Tシャツのようなものがぼやっと映るような。

ちなみに、二つともストちゃん所長にアップしてもらった記事なので、雑誌の出版時期が良く分かりませんが、92年の8月くらい??
この説が合っていると仮定して・・だとすると、10月17日のCD100にこの映像が使われていないのがまた謎となんですよね(笑)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3081名前:アネ研時刻:2010-04-29 22:24:31返信報告:報告

こんばんは、みなさん
ほんと研究所っぽい話題ですね。(笑)
かすりもしてないかもしれませんが、勝手に書いてみます。

泉水さんの後半の活躍は、コンサートはやったものの、
中心はレコーディングでしたが、
初期はテレビ・PV・コンサートを狙っていたのでしょう。
しかし、初期のコンサートは東海大のライブ以外は幻と終わった。
そして、デビューの頃は、「ロック&バンド」っぽさを前面にだしていた。
テレビ出演は泉水さんが、断わったようにも感じますが、
ライブをやらなかった理由は私にはわかりませんね。

所長の言うように、バンドが崩壊して行ったことが理由で、ライブをしなかったのかもしれませんが、
所詮、泉水さんが中心なのだから、泉水さん以外、総とっかえでもZARDとしてライブ活動してほしかったです。
もしや、この頃から、泉水さんの体力的に、ライブは無理だったのでしょうか?
ん~難しいですね。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3082名前:Aki時刻:2010-04-29 22:30:24返信報告:報告

> TVに出ない、コンサートをやらない、という戦術で
> バンドとしてのZARDの自然消滅を狙った(笑)、のではないでしょうか。

 私は「坂井さんを売り出していく」というプラスの感じで思っていましたが、結果論として「此処まで売れた」のですよね。92年当時と言えば、1stシングルはヒットしたものの、「HOLD ME」がヒットするかどうかは未だ解らない時期だったら「解散」だったのかも…
 3rdシングルまではキチンとロケが行われたPVだったにも拘らず、4th「眠れない~」はスタジオの映像。5thはPVも最初からは創られていない。
 「HOLD ME」と「眠れない~」がヒットしたので継続になったものの、そうでなければ解らないですね。

 92年11月には「眠れない~」もCD100ではスロー映像となっており、あのPV自体が既に「無かったこと」にしようとしていました。(メンバーの居るバンドという感じからは避けている感じがしました)
 「IN MY~」から「負けないで」までリリースが無かったのは私は単にアルバム制作(当時はシングル曲が少なくてもリリースしていたので)かな?と想いましたが「アルバム制作」と言っておきながらそのまま自然消滅というケースも珍しくないので…「負けないで」もアルバム予定曲からのシングルカットというのは力の入っているアーティスト(若手)にはあまりさせないですよね。(「揺れる想い」は創りこんだ感がありますから)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3083名前:stray時刻:2010-04-29 22:49:28返信報告:報告

ドルちゃん、こんばんは。

副所長が無条件で賛同してくれるのは心強いですねぇ(笑)。
#3080の画像は、左は 1992年8月のオリコンですが、
右は 1993年2月号のPATI・PATIです。

わかりづらいですが、Mステ1回目の泉水さんも軽ーくカールがかかっているので、
CD100の矛盾と合わせて、別物と考えたほうがよさそうです。

私も「長戸氏激怒説」はあり得ないと思います。
Mステ等で泉水さんの歌唱力は実証済みですからね。

脱退者が1人だけなら代わりを立てて開催したと思うのです。
泉水さんもラジオで、直前まで初ライブへの意気込みを熱く語ってましたから。
ライブ直前にもう1人脱退者が出たとすれば、中止も止む無しかと・・・
1stライブ「HOLD ME」見てみたかったですね~。

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3084名前:stray時刻:2010-04-29 22:55:29返信報告:報告

アネ研さん、こんばんは。

> 所詮、泉水さんが中心なのだから、泉水さん以外、総とっかえでもZARDとしてライブ活動してほしかったです。

ファンからすればたしかにその通りなのですが(笑)、
バンドというのは全員が対等で、ギャラも均等割りじゃなきゃダメなんです(笑)。
ライブをやる・やらないも、メンバー全員の同意が必要なはず。
クルージングライブや2004ライブとはぜんぜん事情が違うのです。

コンセプトを一にしたメンバーが集まって作ったバンドじゃないし、
音楽の方向性もプロデューサーが握っていたわけですから、
崩壊へと進むのは時間の問題だったのかも知れませんね。

> もしや、この頃から、泉水さんの体力的に、ライブは無理だったのでしょうか?
それはないでしょう(笑)。

「負けないで」についての2.3の考察

#3085名前:アネ研時刻:2010-04-29 22:57:32返信報告:報告

スレ立てるほどの話題でもないので、
ここにお邪魔して書いてみます。(笑)

「負けないで」でどうもしっくりいかなかった、歌詞についてやっと最近なんとなく感じてきたことです。

私には、2番の

何が起きたって、ヘッチャラ顔して
どうにかなるさと おどけてみせるの
「今宵はわたくしと一緒に踊りましょ」
今もそんなあなたが好きよ 忘れないで

この部分です。

「負けないで」と応援してるということは
主人公は、負けそうなわけで、
このまま無理したら、どうなってしまうかわからないし
真剣な顔で、せっぱつまっていて、
この困難の先にはどうなってしまうか不安だし、
ナンパな気持ちの余裕もないのではないでしょうか?

つまり、この部分の詞は超軽いナンパな主人公の
過去の1部分を切り取ってますが、
ものの見事に、過酷な境遇の主人公の気持ちを変えることができそうにも感じます。

一般に平常心がいいともいいますが、ハイでオチャラけてるくらいのほうが、余裕もあっていいような気もします。

意外と「わたくしと一緒の踊りましょ」は
その困難に立ち向かっているのは、応援してる私も一緒よ」っていう暗示なのかもしれません。

このへんは当時はディスコもはやっていたことも影響あるでしょうし、
人のよってはナンパで嫌いというコメントを見たこともあります。
ん ~泉水さんの詞は奥が深いですね。(笑)

取り留めもない考察でした。

ご機嫌よう。未完。(笑)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3086名前:stray時刻:2010-04-29 23:02:49返信報告:報告

Akiさん

> 負けないで」もアルバム予定曲からのシングルカットというのは力の入っているアーティスト(若手)にはあまりさせないですよね。(「揺れる想い」は創りこんだ感がありますから)
私も同じように思ってました。トップミュージシャンへと上り詰められるかどうかは
6thシングルの出来如何にかかっていたわけですから、
アルバム予定曲からのシングルカットというのは・・・(笑)

「負けないで」が売れなければ、解散もあり得たかもしれませんね。
逆に言えば、「負けないで」のヒットで当初のコンセプトは完全に崩壊した。
TV出演しない・コンサートしない=B社お得意の「なかったこと」
に繋がるんだと思いますよ(笑)。

Re:「負けないで」についての2.3の考察

#3087名前:stray時刻:2010-04-29 23:24:28返信報告:報告

アネ研さん、興味深く拝見しました。

「今宵はわたくしと一緒に踊りましょ」

私はこのセリフが主人公(女性)のものなのか、相手(あなた)のものなのか
よく理解できないんです(笑)。

♪ 今もそんなあなたが好きよ
の「そんな」が上のセリフにかかるのか、
♪ 何が起きたって、ヘッチャラ顔して どうにかなるサと おどけてみせるの
にかかるのか。
どっちでもいいような気がするんですよね(笑)。
要は聞き手の受け取り方の問題。
私は主人公のセリフだと思っているので、
相手(あなた)がナンパな奴と思ったことはないです。

> ん ~泉水さんの詞は奥が深いですね。(笑)
たしかに、それは言えますね(笑)。
未完で終わっちゃダメよ~!(笑)

Re:「負けないで」についての2.3の考察

#3089名前:Aki時刻:2010-04-30 00:04:11返信報告:報告

> 何が起きたって、ヘッチャラ顔して
> どうにかなるさと おどけてみせるの
> 「今宵はわたくしと一緒に踊りましょ」
> 今もそんなあなたが好きよ 忘れないで
>
 「負けないで」は私としては「明るかった頃の彼を応援」という感じなのでしょうか?と最近想いました。
 Mステでも「受験生や就職活動中の男性に…」とおっしゃっていましたので。1番は何となく彼女が彼氏のことを客観視している感じが伝わります。
 2番もそうだと想います。
 「今宵はわたくしと一緒におどりましょ」が面白いですね。男性でも「改まった場」では「わたくし」と使います。彼女に向かって「わたくしと一緒に踊りましょ」と「わざとおどけて」言う彼のユーモアを彼女は好きであり、困難な時期だからこそ「それを思い出して」と言いたいのではないでしょうか?(「あの微笑みを忘れないで」と似ている感じがしますね)

 最初聴いた時は、私は未だ幼かったので「わたくし」という言葉は女性しか使わない言葉だと思っていました(汗)

Re:バンドとしてのZARD考(PV編)

#3090名前:ドルチェ時刻:2010-04-30 00:33:59返信報告:報告

ストちゃん、みなさん、こんばんは。

> #3080の画像は、左は 1992年8月のオリコンですが、
> 右は 1993年2月号のPATI・PATIです。
ん~、右側は1993年の物ですか~。。初期の頃は、ゆるいウェーブ髪も結構あったんですね。発売時期を調べてくれてありがとうね!
> CD100の矛盾と合わせて、別物と考えたほうがよさそうです。
ん~、そうですね~。今回も、ドルチェお得意の「なんとなく」なのでまぁ適当に流してください(笑)
「IN MY ARMS TONIGHT」PVのアップで映る泉水さんの切なげな表情に、視線をHOLDされてしまった過去があり(笑)
前からこの映像をフルで見てみたいと思っていたのですが、そのうちBeingが放出してくださらないかしら?
ビーさん、見ていたらよろしくお願いします!(笑)

アネちゃんの「負けないで」歌詞解釈も、ほぅほぅと興味深く読ませてもらいましたよ。
大体いつも、まず無の状態で曲を聴きこんで、そしてその後に歌詞をじっくり見て、自分なりに色々解釈してみるんですけど、
何故か「負けないで」の歌詞については深く考えたことがありませんでした!何故~??(笑)

「今宵はわたくしと一緒に踊りましょ」の部分は、私は漠然と相手(男性)の言葉として捉えていました。
楽しくなってきたので、またあとでゆっくり考えてみます(笑)

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3092名前:WME時刻:2010-04-30 22:24:51返信報告:報告

> この5人でTV出演したのは、3回だけである。
  ・Mステ1回目 1992.8.7
  ・Mステ2回目 1992.8.28
  ・サウンドアリーナ 1992.9.9
  これはサウンドアリーナのキャプチャで、
  全員モノトーンの衣装で合わせていたのがわかる。

所長、みなさん、こんばんは。再度、議論に参加させてください。
話題が少し戻りますが、92.9.9のサウンドアリーナで、泉水さんはタモリの質問に答えて、メンバーや一人で地方に行くこと、メンバーで行く時は食べものの趣向が違うので困るけどみんなで食べる時は焼肉が多いこと、泉水さんは生物が苦手(“いきもの”ではなく“なまもの”です(笑))と言っていました。
でも、バンドとしてのZARDや泉水さん一人の地方でのレア写真というものを私はまだ見たことがありません。蒲池幸子時代のは(例:金沢など)はありますけど。どなたかご覧になったことがありますか。
もし、ないということであれば、バンドとしてそういう活動をしていたのかどうかも考えてしまいますけど・・。

Re:「負けないで」についての2.3の考察

#3094名前:MOR時刻:2010-05-01 04:21:27返信報告:報告

こんばんは。

少し来なかったらgoroさんの素晴らしいレポートや観桜会等の痕が・・・。
付いて行けない・・・。
なのでチラッとコチラにカキコ。(^^ゞ
いつも通り妄想なので大目に見て下さいね。
 
「負けないで」の歌詞の解釈は、”自分自身”じゃありませんかね。
本当に辛い時、自分の中に居ませんか?。
私には、その人の声に聞こえます。
 
失礼致しました。m(__)m
 

Re:バンドとしてのZARD考(TV出演編)

#3096名前:stray時刻:2010-05-01 17:08:04返信報告:報告

WMEさん、こんにちは。

ごもっともな質問で、私もバンドZARDとしての地方営業は無かったと考える一人です。
ZARDの地方営業の情報はネットで見たことがありません。スクープ系雑誌にも皆無です。

サウンドアリーナでの質問(マチャアキ)は、
「キャンペーンをこのところ多くおやりになってるそうですが・・・」
と前置きがあって、
「メンバー全員でいかれることが多いんですか?」
というものです。これに対して泉水さんは
「え~とッ~~」としばらく考えた上で(目が泳ぎ気味)、
「そうですね、一人で行く場合もありますし」とお答えになってます。
つまり、メンバー全員での営業を肯定していないわけです(笑)。

泉水さん一人での営業は、「おはよう朝日」やラジオ番組などがありますし、
↓は静岡のTV局に出演した際の映像じゃなかと言われています。
http://www.youtube.com/watch?v=vReHeA6Qom0

「焼肉」と答えたのは、いつもお食べになっていた叙々苑の「焼肉弁当」が
思わず頭に浮かんでしまったのではないでしょうか(笑)。

Re:「負けないで」についての2.3の考察

#3097名前:stray時刻:2010-05-01 17:40:29返信報告:報告

Akiさん、ドルちゃん、MORさん、こんにちは。

メロディラインに合わせて、あえて「わたくし」と
4文字にしたのかなとも考えたのですが、
1番の「(パステル)カラー」に対応する詞なので、
♪ わ~たしと と歌っても何ら違和感ない部分です。
泉水さんが意図的に「わたくし」を使われたんだと思います。

------------------------------------------
●わたくし【私】
〔代〕話し手自身を指す語。
現代語としては目上の人に対して、また改まった物言いをするのに使う。

●わたし【私】
〔代〕(ワタクシの約) 話し手自身を指す語。「わたくし」よりくだけた言い方。

●あたくし【私】
〔代〕(ワタクシの転) 一人称のややくだけた言い方。主に女性が用いる。

●あたし【私】
〔代〕(ワタシの転) 一人称のくだけた言い方で、主に女性が用いる語。

------------------------------------------
> 男性でも「改まった場」では「わたくし」と使います。

たしかに使いますが、相応の年がいったジェントルマンが
女性を立てる際に、ご機嫌取りを含めて使うかも知れませんが(笑)、
主人公と同年代の男性の言葉だとすれば、違和感がありますね。

Re:「負けないで」についての2.3の考察

#3098名前:Aki時刻:2010-05-01 17:53:31返信報告:報告

> ♪ わ~たしと と歌っても何ら違和感ない部分です。
> 泉水さんが意図的に「わたくし」を使われたんだと思います。
 私は、意外と「歳の差カップル?」と思ってしまいました。
 (他の曲で「あなたを好きだけど」では彼氏が年下と言う設定でもありますし…)
 「応援歌」で「今の時期なら就職活動中の~」というMステのコメントでもおっしゃっていました。もし、同年代なら、女性の方も大変な時期な筈。なのに応援している側となっているので、年齢が違う可能性が高い。

 「今宵はわたくしと~」今もそんな貴方が好きよ 忘れないで
という歌詞だと「貴方」というフレーズはやはり相手(男性)をイメージさせますし(その後で「忘れないで」と相手に言っているので)「わたくしと~」というのはやはり男性が発したセリフかな?(「わたし」と使わなかった点や、男性によく用いられる「僕」や「俺」では言葉数が合わない(強引に「俺様」では曲のイメージが崩れてしまいますし(笑)))と想います。

Re:バンドとしてのZARD考

#3107名前:Aki時刻:2010-05-03 14:32:56返信報告:報告

「IN MY ARMS TONIGHT」アンオフィシャル時代の会報15号での当時(92年)のインタビュー「男性のメロディに女性の詞・中和されて中性的」とバンドらしさはあまり感じられません。
アンオフィシャル16号では93年当時「負けないで」インタビューでは「夏のイメージもあるよね」ってメンバーともども話してた…と「メンバー」という言葉が出てきます。これが「バンドメンバー」なのか「制作スタッフメンバー」なのかは言ってはおりません。

「IN MY ARMS TONOGHT」は予想外のリリースだったのかもしれませんね。

本来は「眠れない夜を抱いて」と「HOLD ME」で終わるつもりだった…1stは最高位9位だったものの2ndは30位3rdは39位と好調とは言えず…

「IN MY ARMS TONIGHT」は当初はPVも出来ておらず、ジャケットも「HOLD ME」と別ショットという、下手すれば「シングルカット?」と間違える危険性も。
 タイアップドラマも92年8月4日~9月22日全8回という微妙な時期。偶然B社での空きが合ったという感じかも…

「負けないで」は93年1月14日~2月11日(全5話)であり「ボクたちのドラマシリーズ」での主題歌クラスでは初のシングル化という本来の「売れ線タイアップではない」という感じがします。
おそらく「HOLD ME」が予想外にヒットした為、次のタイアップを急いで探していた感があります。
 しかしながら1クールの連ドラ主題歌は既に締め切られていたのかも。93年1月に放送と言うことはその前に当然TV Verを納品しなければならず、9月に「HOLD ME」が大ヒットしたのだから、かなり大急ぎだったのかもしれません。なので、作品にこだわる時間が無かった。
 「負けないで」ではジャケットの裏にはプロデューサーなどの明記がありますが、表にはそれまであったメンバーなどが明記されておらず、既に「バンドプロジェクト」ではなかった感じがします。

 「ZARD ARTIST FILE」によると92年冬に「揺れる想い」が出来上がっていたと記述されています。
 おそらくは「負けないで」がダメでも「揺れる想い」が勝負曲だったのかも(倉木さんの3rdシングル「Secret of my heart」の前に1st・2ndが予想以上に売れてしまったという感じで…)
 92年秋には曲が出来上がっていた為にもし、「HOLD ME」が売れなくても何らかのカタチ(ソロ名義でデビューとか)で「揺れる想い」はリリースされたのかもしれません。しかし「ZARD」というのが「HOLD ME」の大ヒットで浸透した為、そのまま行くことになった?

Re:バンドとしてのZARD考

#3714名前:とおりすがり時刻:2010-06-08 00:39:02返信報告:報告

少し前のものですが、道倉さんは元気そうですよ。
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